(余録) フィロソフィア(知を愛する=哲学)という言葉を定着させた… - 毎日新聞(2020年10月30日)

https://mainichi.jp/articles/20201030/ddm/001/070/127000c

フィロソフィア(知を愛する=哲学)という言葉を定着させたソクラテスは、自らをアテナイという馬にまとわりつくアブにたとえた。それは彼が国教を否定し、青少年を堕落させると告発された裁判でのことだ。
アブが馬を刺し眠らせぬように、彼はアテナイの覚醒のために人々に問答を挑み、説得し、非難し続けるのだと弁明した。それが「賢者」らの無知を問答を通して暴き、自分は自分の無知を知る者だと宣明した哲学者の祖国愛だった。
だがアテナイ市民はうるさいアブをはたくようにソクラテスに死刑を判決し、彼は法に従い毒杯をあおる。「アテナイのアブ」は常識に安住する者への真理の探究者による批判や挑発のたとえとなるが、それを好まぬ者は今日もいる。
驚いたのは「多様性が大事なのを念頭に判断した」との菅義偉(すが・よしひで)首相の説明だった。日本学術会議が推薦した会員候補6人を任命しなかったことへの国会答弁である。出身や大学の偏りを指摘し、組織の見直しへ論議を導きたいらしい。
この問題の首相の説明はいつも面妖(めんよう)である。まず「総合的・俯瞰(ふかん)的」なる定型句、次は6人の除外前の候補者名簿を「見ていない」との弁明、そして「多様性」だ。いつ何を基準に6人を任命不適と判断したのか、ますます謎である。
さて今後の国会でも野党というアブに、つじつまの合わぬところを刺されよう。ソクラテスの末裔(まつえい)を自負する真理と知の探究者たちも、そう簡単にはこの人事をめぐる問答から首相を解放してくれまい。