(筆洗) 昭和四十年代の実話らしい。ドロボウが家に忍び込んだ。家人に… - 東京新聞(2020年7月27日)

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昭和四十年代の実話らしい。ドロボウが家に忍び込んだ。家人に見つからないように隠れていたところ、テレビから坂本九さんが歌う「幸せなら手をたたこう」が聞こえてきた。
この歌をご存じの方なら分かるだろう。「手をたたこう」の九ちゃんの歌声に続いて、このドロボウ、「ぱん、ぱん」と手拍子を打って、家人に見つかり、御用になったそうだ。立川談志さんが『現代落語論』の中に書いていた。「世知辛い世の中にこんな間が抜けた楽しい奴(やつ)はまたとない」
「楽しい奴」とはまったく思わないが、これもいささか間が抜けた話か。東京都府中市の九十代の男性からキャッシュカードをだまし取った二十一歳の男が逮捕された。男の正体が見破られたきっかけは、漢字だったそうだ。
男は刑事のふりをしていたらしいが、連絡先として渡してきたメモは誤字だらけだった。「刑事」は「形事」。「特殊詐欺防犯係」の「詐欺」という字も書けていない。
不審に思って通報したというが、それはそうだろう。自分の職業や肩書をきちんと書けない人はいない。九十代の眼力は確かだった。
妙な人間が訪ねてきても応対しないのが一番だろうが、書き取りも効果があるか。「けいじ」に加えて、「ははおや」という漢字を書けと出題してみたらいい。悪いことをする前に、なにか大切なことを思い出してくれるかもしれない。