(筆洗) そこには三人の帝がいた。南海の帝、北海の帝、中央の帝。中 - 東京新聞(2020年7月1日)

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そこには三人の帝がいた。南海の帝、北海の帝、中央の帝。中央の帝の名前は「渾沌(こんとん)」である。「渾沌」には目、耳、口、鼻の七つの穴がなかった。
「渾沌」はときどきやって来る二人の帝をよくもてなしたので、二人の帝はなにかお礼をしたいと考えた。二人は「渾沌」にも自分たちと同じ七つの穴を与えようと一日に一つずつ穴を開けていった。七日目。穴を開けられた帝は息絶えた。「荘子」の有名な「渾沌七竅(しちきょう)に死す」である。
この場合の穴とは自分たちと同じ秩序やルールと解釈できるだろう。「渾沌」をそのままにしておけばよかったが、自分たちの秩序を押しつけた結果、図らずも、その命を奪ってしまった。
そして今、無残にも穴を開けられようとしているのは、香港であろう。中国の全国人民代表大会全人代)常務委員会は昨日、「香港国家安全維持法」案を異例のスピード審議で可決した。
可決によって中国政府による香港での反体制運動の取り締まりは極めて厳しくなるだろう。香港に対し、高度な自治を認めてきた「一国二制度」は事実上消える。香港住民の意思に反し、中国本土と同じ「顔」に無理やり変える乱暴な手術が心配である。
「渾沌」は無秩序やカオスを意味する「混沌」の語源と関係があるそうだが、国際社会が反対する中国の強引なやり方は香港情勢をかえって混沌とさせる危険さえある。