筆洗 - 東京新聞(2020年5月3日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2020050302000124.html

テロ容疑者を捕らえたとしよう。爆弾をどこかに仕掛けたらしいが、場所を言わぬ。このままでは大勢の人が犠牲になる危険がある▼ありかを聞き出すため人権を無視し、拷問することは許されるか。あるいは容疑者の子どもをつかまえ、痛めつけるぞと脅すのはどうだろう。普段なら人権を大切にする人も爆弾のチクタクを想像すれば落ち着かなくならないか▼新型コロナウイルスの感染拡大という特殊な日々の中で憲法記念日を迎えた。さて憲法上の個人の権利と自由はコロナ危機にも「元気」だろうか▼権利と自由について、憲法は「公共の福祉」に反しない限りという制約をつけている。「公共の福祉」とはコロナでいえば、感染を拡大させぬことであり、あの爆弾の話なら大勢の人の命を守ることになる▼仮定の話とはいえ、大勢の人を助けるためテロ容疑者への拷問を考える人はいるだろう。より危機が迫れば、子どもに拷問を加えようという意見も出てくるかもしれない。非常時、権利と自由は「公共の福祉」とのシーソーで必要以上に軽く扱われ、人もそれが当然だと考えやすい▼休業要請に応じぬ店への中傷があると聞く。無論、休業していただきたい。が、それに応じないからといって断罪し「拷問」を加えるような風潮が看過されていないか。権利と自由は今、マスクをはめられているようである。息苦しい。