中韓入国制限 説明なき転換、またも - 朝日新聞(2020年3月7日)

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またも唐突な方針転換である。その必要性や効果について、納得のいく説明もない。「国民の不安感の解消」を目的に掲げながら、これではかえって混乱を助長しかねない。
新型コロナウイルスの感染拡大防止策として、安倍首相が中国と韓国からの入国を大幅に制限する新たな措置を表明した。発行済みのビザの効力を停止するほか、両国からの入国者全員に指定場所での2週間の待機を要請する。
政府はこれまで、中国については感染源となった武漢市を含む湖北省など、韓国では集団感染が発生した大邱やその周辺などに限って、入国を拒否してきた。中国では武漢以外での感染拡大の勢いが弱まり、韓国は全土に感染が広がっている状況とはいえない。
にもかかわらず、いま両国の全域を一律に対象とすることに、どれほどの意味があるのだろうか。感染者が急増しているイタリアやイランの扱いとも整合性がとれない。
政府が先月下旬に定めた基本方針では、水際対策から国内の感染拡大防止策に重点を移す方向性が示された。今回の措置はこれに逆行していないか。水際対策の拡大で、検疫官ら医療関係者が対応に追われることになれば、国内対策に人やモノを集中できなくなる恐れもある。
それでも、首相が事前に専門家会議の意見を聞いた形跡はない。科学的な根拠に基づかない「政治判断」は、大規模イベント自粛や全国一斉休校の要請に続くものだ。
ただでさえ激減している中韓からの訪日客が途絶え、ビジネスでの人の往来も滞れば、経済や社会に対するさらなる打撃は避けられない。
首相は政府の対策本部で「積極果断な措置を講じることとした」と前置きして、入国制限強化を打ち出した。国内的にも、対外的にも、思い切った対策をとっているという強い姿勢を示す狙いがあるのかもしれない。
また、首相の支持基盤である保守層からは、「中国全土からの入国拒否」を強く求め、首相の対応を「中国に甘い」と批判する声もでていた。中国の習近平(シーチンピン)国家主席の訪日延期を発表した直後というタイミングでの、支持層を意識したアピールだとしたら、不見識である。
新型コロナウイルスを対象に加える新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正案が成立すれば、人権の制限を伴う措置が可能となる緊急事態宣言を首相ができるようになる。しかし、合理的な根拠と透明性に著しく欠ける意思決定を重ねる首相に、その判断を委ねるのは危ういと思わざるを得ない。