感染対策の立法 危うさ見落とさぬ議論を - 信濃毎日新聞(2020年3月4日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200304/KP200303ETI090006000.php
http://archive.today/2020.03.05-000904/https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200304/KP200303ETI090006000.php

緊急事態であることを理由に、国民の人権や自由を広く制限できる法的な根拠を政府に与えることになる。その危うさを踏まえた議論が欠かせない。
新型コロナウイルスの感染拡大に対応するための法整備である。既にある新型インフルエンザ等対策特別措置法を改定し、強制力を伴う措置を取れるようにする考えを安倍晋三首相が示した。
2009年の新型インフルエンザの流行を踏まえ、民主党政権の下で12年に成立した法律だ。新型インフルや未知の新感染症がまん延して国民の生活や経済に甚大な影響が及ぶ場合に、首相が緊急事態を宣言する。
外出の自粛、学校の休業、劇場や映画館の使用制限…。宣言下で要請、指示できる措置は幅広い。臨時の医療施設用に土地、建物を強制使用することや、物資の売り渡しを要請し、応じない場合は収用できることも定めている。
市民の生活や活動に広範囲にわたって制限が及ぶことへの懸念や批判は、法制定当時、国会内外で上がった。日弁連は法案に反対する声明を出している。
一つは、緊急措置の具体的な要件が政令に委ねられている点だ。恣意(しい)的な判断で人権が過度に制約されかねない。とりわけ、施設使用や催事の制限は、集会の自由の侵害につながり得る。
NHKは指定公共機関と位置づけられ、政府から「必要な指示」を受ける。報道の規制に結びつかないよう、指示の内容が限定されているわけではない。この点でも、表現の自由と関わって法が備えるべき厳格さを欠く。
今回は特措法の新感染症に当たらず、現行法の適用はできないと判断する一方、安倍首相は「やるべきことはほぼ書き込んである」と述べている。議員立法での早期成立に向け、立憲民主党、国民民主党などと党首会談に臨む。
特措法をなぜ使わないのかと訴える声は野党側からも上がっていた。休校の要請などに法的根拠ができて協力を得やすくなるほか、迅速な対応が可能になる、といった利点が挙げられている。
それは政権の独断に法がお墨付きを与えることとも裏腹だ。運用の余地が広く、強力な人権制限法になりかねない危うさは、政府に権限を集中させる緊急事態条項を憲法に設けることに通じる。
13年の施行以降、特措法が使われた事例はない。適用を前提に改定するなら、根本の不備を見直す必要がある。国会の議論を注意深く見ていかなくてはならない。