(筆洗) 児童相談所に助けを求めたが、 - 東京新聞(2020年2月23日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2020022302000114.html
https://megalodon.jp/2020-0223-1047-35/https://www.tokyo-np.co.jp:443/article/column/hissen/CK2020022302000114.html

ヨハン・セバスチャン・バッハがオルガンの演奏についてこんなことを言っているそうだ。

「なんてことはありませんよ。正しいタイミングで正しい鍵盤を押せば、あとは楽器が勝手にやってくれる」

「そこが難しいんですよ」とまぜっかえしたくなるが、「音楽の父」に言わせれば、それが当たり前のオルガンなのだろう。
正しいタイミングで正しい鍵盤を押したとしても楽器が勝手に演奏してくれるとは限らないのか。残念ながら、音楽の話題ではない。神戸市の小学六年の女の子のことである。どういう事情か、真夜中、母親に家から追い出されてしまった。寒い季節である。女の子は児童相談所に助けを求めたが、インターホン越しに応対した当直職員がこう追い返した。「警察に相談しなさい」
児相に駆け込むという女の子の行動は「正しい鍵盤」である。それに応え、奏でられるべきは「大変だったね」と慰め、「大丈夫」と安心させる温かい音楽だろうに、オルガンは無情にも沈黙したのである。
女の子は結局、自分で交番に駆け込んで無事保護された。児相の職員は冗談だと思って、対応しなかったと聞くが、真冬の午前三時に女の子は冗談を口にしないだろう。
オルガンの語源は「器官」「器具」である。当たり前の音が出せなかった一台のオルガンに、心配性は社会という「器官」全体の不調を疑っている。