乳幼児揺さぶり 虐待の裏づけになるのか - 信濃毎日新聞(2020年2月3日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200203/KT200131ETI090010000.php
http://archive.today/2020.02.03-003427/https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200203/KT200131ETI090010000.php

赤ちゃんの脳が損傷する「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」は、故意に激しく揺さぶらなければ起きないとして、虐待を裏づける証拠とされてきた。典型的な症状があることを理由に刑事訴追される事例は多い。
ただ、ここへきて各地で無罪判決が相次ぐ。2017年以降、少なくとも6件に上り、事実認定の根拠とすることに疑問を投げかける判断も出ている。大阪高裁は昨年10月の判決で、単純に適用すると誤認の恐れがあると述べた。
生後2カ月の女児を死なせたとして祖母が傷害致死に問われた事件だ。脳神経外科医らの証言を踏まえ、病死の可能性を否定できないと指摘。SBSの典型症状から虐待と認定した一審の実刑判決を破棄し、無罪を言い渡した。
SBSの理論は、1970年代に英米の医師が提唱した仮説が発展する形で広がった。急性硬膜下血腫、眼底出血、脳浮腫という典型的な3兆候(症状)があれば、暴力的に揺さぶられたことが推定できるとする考え方だ。
米国では80年代以降、虐待事件の立件に使われるようになった。2000年代に入ると、日本でも刑事訴追が相次いだ。
欧米では既にその時期、赤ちゃんが後ろ向きに転んだりしても症状が起こり得ることが研究で指摘され、冤罪(えんざい)を訴える動きが起きていたという。スウェーデン最高裁は14年、SBSの診断は不確実だとして、虐待を疑われた父親に無罪判決を出している。
専門家の間でも意見は分かれる。日本小児科学会は、医学界で広く受け入れられているとして、米国や欧州の学会と共同で、批判を打ち消す声明を発表した。一方、脳神経外科医らからは、理論を全ての事例に当てはめることに反対する声が出ている。
幼い子が虐待されて命を落とす痛ましい事件は後を絶たない。見逃さないために、SBSの症状があったとき、児童相談所をはじめ関係機関が虐待を疑って対応することは大切だ。
とはいえ、SBS理論は、疑う余地なく立証されているとは言えない。それに依拠して刑事責任を問うことには慎重であるべきだ。処罰感情に動かされて、冤罪を生むことは避けなければならない。無罪判決が相次いでいることを重く受けとめる必要がある。
症例を共有し、研究成果も踏まえて理論を丁寧に検証し直すことが欠かせないだろう。関係する学会や日本学術会議が主導してそのための場を設けられないか。