年のはじめに考える あなたサイズの社会に - 東京新聞(2020年1月3日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2020010302000142.html
https://megalodon.jp/2020-0103-1117-13/https://www.tokyo-np.co.jp:443/article/column/editorial/CK2020010302000142.html

<いまの日本では、十人のうち八人までの青年は学校をでてからよくわからないままに就職して(中略)寝台にあわして手足を切り落とし、ちぢめてゆくということに体をゆだねるよりほかないのではあるまいか>(「ずばり東京」光文社文庫
東京での五輪開催を間近に控えた一九六〇年代前半、作家の開高健は企業の独身寮を訪れ、そんな感想を抱きました。猛烈に成長し始めた日本経済を支えたのは地方から上京した大勢の若者たちでした。成長ありき、そして、その動力源となる会社ありきの時代の趨勢(すうせい)の中で、個人が埋没してしまう。「手足を切り落とす」という表現に懸念がにじみます。
二〇二〇年、二度目の東京五輪は、社会が右肩上がりで上を向いていた前回と違い、足元を見つめ直す必要に迫られている中での開催です。地球温暖化の影響もあり、暑すぎて東京ではマラソンが開催できないことが一つの象徴と言えるでしょう。
これからの東京、これからの首都圏のあり方を探るため、いくつかの場所を訪れてみました。
新宿区の飲食店「新宿ダイアログ」には十七個のびんが置かれています=写真。それぞれ「貧困をなくそう」「気候変動に具体的な対策を」など国連が掲げる持続可能な開発のための十七の目標が貼り付けられています。一日の社説でも紹介したSDGsです。

◆店も共有、知恵も共有
店はドリンク一杯につき五十円を寄付に回します。客は会計時に渡される券を、選んだ目標のびんに入れます。枚数に応じてそれぞれの目標に取り組むNPOなどに寄付する仕組みです。
店主の野村良子さん(41)は十年以上、飲食店を経営してきました。旬の野菜など食材にこだわってきましたが、深夜まで働きづめでアトピーがひどくなるなどの不調を感じていました。「社会そのものが健全に循環しないと、人は健康になれない」。注目したのがSDGsでした。
自身の働き方も持続可能になるよう、何人かで一つの店舗を共有する形にしました。野村さんは日中にカフェを営み、夜は別の店主がバーを開いています。光熱費などは割り勘です。開店から一年。子どもにかかわる仕事をするため保育士資格取得を目指すなど気持ちの余裕が生まれたといいます。
生活用品メーカー「ユニリーバ・ジャパン」(目黒区)は昨年七月、社員が一定期間、山形県酒田市静岡県掛川市など連携している六自治体で仕事をすることができる仕組みを導入しました。自治体が提供した施設を会社の仕事で利用でき、自治体の課題解決の活動にも参加することで宿泊費も無料もしくは割引となります。
同社は働く時間や場所を選択できる制度はすでに導入していて、それを地方都市まで拡大した形です。発案者の島田由香取締役(46)は「中長期的な日本の成長のためには、地方の成長や活性化が一つの鍵になる」と考えたそうです。社員にとっても違う思考が生まれる効果が期待できるといいます。東京の力を地域と分かち合う。高度成長期、地方から若者を吸い上げたのとは逆の流れが生まれようとしています。
高齢化や人口減少など、地方が抱える課題に東京も遠くない将来、向き合うことになります。高齢者の自家用車以外の移動手段の確保もその一つです。介護事業のエムダブルエス日高(群馬県高崎市)は、デイサービス施設の利用者がリハビリなどで来所する日以外にも外出できるよう、送迎車を相乗りサービスで活用する試みを始めています。
利用者は、スーパーなど、あらかじめ登録した場所への送迎希望をスマホのアプリを通じて連絡。人工知能(AI)が近くにいる送迎車を配車します。サービスを利用している寺内光子さん(76)は体に四つのがんを抱えています。「がんが怖いから、負けないよう行動的になりたい」と言います。

◆枠組みをつくる前提は
持続可能な社会の枠組みを手探りでつくり上げていくためには、テクノロジーの力も借りながら、多様な人々の知恵を結集していくことがますます大切になるでしょう。その前提となるのは、一人ひとりの声が大事にされる社会、つまりは寝台に体を合わせるのではなく、体に合った寝台が確保できる社会なのだと思います。