(筆洗) 本離れ - 東京新聞(2019年12月25日)

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長い迫害の歴史を持つユダヤ人の世界に、母親が子どもへ問いかける伝統のなぞなぞがあるという。「おまえが家を焼かれて、財産を奪われたとき、持って逃げるものは?」。それは色も形もにおいもないとヒントが付く。
答えは「知性」だそうだ。マービン・トケイヤー著『ユダヤ処世術』に教わった。源流を同じくすると思われる、本に関することわざの類いも数多い。
例えば「旅先で故郷の人が知らない本に出合ったら、必ず持ち帰れ」「貧しい時に売るのは金、宝石、家、土地。本は売ってはならない」「本は敵にも貸さなければならない。さもないと知識の敵となる」
頼れるもののない土地に離散しながら、文化を失わずに生き延びる支えの一つであっただろう。そんな本や読書の力を思えば、気になる数字である。わが国で、一カ月に本をまったく読まない人は、49・8%にものぼるという。読書習慣に関する国立青少年教育振興機構の調査である。
六年前は28・1%だったから、加速しているようでもある。世代間で傾向にさほど大きな差はないようだ。スマートフォンなどの普及により電子書籍の読者は増えているようではあるが、本離れを埋めるには程遠い。
本離れ、読書離れは今に始まったことではない。知らずに、世の中から失われているものの大きさを想像してしまう。色や形がないだけに、不安である。