セクハラ告発 音楽界の対応に学ぶ - 東京新聞(2019年11月12日)

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音楽の秋たけなわ。有名なオーケストラの来日など話題の公演が続き、愛好家の心も弾む頃だが、一方では華やかな舞台に影が落ちている。大家が次々に消えていくのだ。理由は、セクハラ告発。
二〇一七年。著名な指揮者のシャルル・デュトワ氏が女性音楽家たちにセクハラを繰り返していたと報じられ、米ボストン交響楽団などは契約を打ち切った。
翌一八年には、世界有数のオペラハウス、米メトロポリタン歌劇場が名誉音楽監督のジェームズ・レバイン氏を解雇。複数のセクハラを長年行っていた疑いが報道され、調査の結果「信頼できる証拠」が見つかったという。
さらに今年は「三大テノール」として盛名をはせた歌手のプラシド・ドミンゴ氏。女性歌手やダンサーら三十人以上の被害が報じられ、長年務めた米ロサンゼルス・オペラの総監督を辞任した。
楽家が一人また一人と舞台を去るハイドンのユーモラスな交響曲「告別」さながらの光景だが、こちらは笑ってはいられない。クラシック音楽界で「公然の秘密」とされてきたスターの不祥事が、音楽という芸術への尊敬さえ損ないかねない事態となっている。
楽家をはじめ芸術家は、社会に新しい美意識や価値観をもたらす存在だ。既存の規範やモラルによって過度に縛るようなことは避けたいが、美しい音楽を奏で、見事な舞台をつくり出す人々に寄せるファンの敬愛の念を自ら傷つけるような言動は慎んでほしい。
一時代を築いた人たちが、醜聞で消えていくことは惜しまれる。だが米映画界を端緒としたセクハラ告発の「#MeToo」運動の広がりに音楽界も呼応し、著名な大家でも許されないと決断した意義は大きい。また、被害者の訴えを音楽関係者が見過ごさず、事実の調査や契約の打ち切りにまで踏み込んだ対応にも学びたい。
この問題ではドミンゴ氏が予定していた東京五輪・パラ大会の公式文化プログラムの出演を辞退するなど、日本にも影響が広がる。国内でも、音大でのセクハラがたびたび問題になってきたし、視野を広げれば、被害を防ぐための国の対応も遅れている。
先に来日した国際労働機関(ILO)のライダー事務局長は、本紙の取材に対し、職場でのパワハラやセクハラを禁じる国際条約を日本が批准するよう求めた。だが政府の対応は鈍い。政府には海外の動向や潮流を踏まえ、条約を早く批准するよう求めたい。