[大弦小弦]八千草さんの「馬馬虎虎」の生き方 - 沖縄タイムス(2019年10月30日)

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/490901
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中国に「馬馬虎虎(マーマーフーフー)」という故事がある。画家が頭は虎、体が馬の動物を描いた。長男と次男が「これは馬?虎?」と聞く。「馬だ」と教えられた長男は馬を虎と思って殺し、飼い主から賠償を要求される。「虎だ」と教えられた次男は虎を馬と思って乗ろうとし、命を失う

▼今は「ほどほど」「いいかげん」の意味で使われる。がんで亡くなった女優の八千草薫さん(享年88)は亡き夫から、肩の力を抜き自然体で生きる「良い加減」と教わった。6月に出版したエッセーの題名にするなど、生き方の指針にした

▼清楚で上品。控えめだが、芯はしっかり。「日本の母」と愛された。原点は戦争体験。奪われたものに「色と音」を挙げていた

▼建物を破壊され、がれきに覆われた街は灰色。にぎわいも失った。だから、色彩と音楽があふれる宝塚に入った。戦争を知る人の貴重な追想

▼信条は「ちょっとだけ無理をする」。力は抜くが、全く無理をしないと人生の可能性が狭まる。馬馬虎虎の精神だ。脚本家の倉本聰さんは「八千草さんがいないと、脚本を書く気がしない」と悲しむ

ツイッターでは女性ファンの「あんな風に年を取りたい」との書き込みが目立つ。「過去も未来も考えない。今、この一瞬から逃げない。そうすれば死は怖くない」。死と向き合った名女優の境地だ。(吉田央)