【私説・論説室から】ゴッサム市の憂い - 東京新聞(2019年10月28日)

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ゴッサムは米国にあるとされる架空都市。行政の無策で収集されないゴミはあふれ、ネズミが大量発生。緊縮を口実に福祉は切り詰められ、障害者もケアが受けられない。
そんなディストピアで、青年は母親の介護をしながら、ピエロ姿でお笑い芸人をして生計を立てている。
公開中の米映画「ジョーカー」の主人公。悪意、暴力、虐待、格差、冷たい政治に、これでもかというほど痛めつけられる。救世主は登場しない。突然笑いが出て止まらなくなる発作を抱える。絶望のうめきと、けたたましい笑い声との不協和音に痛々しさは募る。
心優しかった青年は変貌する。
ピエロ姿のままジョーカーと名乗り、姉妹編の映画「バットマンダークナイト」では愛を憎しみに、正義を悪に変えるむごい振る舞いに、無上の喜びを見いだすようになる。
ベネチア映画祭最高賞の金獅子賞を受賞し、アカデミー賞の呼び声も高いという。迫真の演技。確かに傑作だ。
青年と同じように追い詰められている人は多い。共感は模倣犯を生むのではないか。
いや、違う。むしろ、苦しんでいる人への思いやりを呼び起こし、優しさを生む。悩んでいるのは自分だけではないと悟らせ、孤独感を和らげる救いももたらす。
痛んだ心を再生させる作用こそが、芸術の持つ力だと信じたい。(熊倉逸男)

 


映画『ジョーカー』特報【HD】2019年10月4日(金)公開