香港緊急法 自治を自ら壊すのか - 朝日新聞(2019年10月5日)

https://www.asahi.com/articles/DA3S14206163.html
https://megalodon.jp/2019-1005-0542-52/https://www.asahi.com:443/articles/DA3S14206163.html

混乱を収拾するよりも、逆にこじらせる恐れが強い。香港の自治を自ら崩壊させかねない危うい措置を撤回すべきだ。
香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官がきのう、「緊急状況規則条例(緊急法)」を発動した。自らに権限を集中させ、立法機関の審議を経ずに法律を定めることができる。
これをもとに、マスクなどで顔を覆うことを禁じる「覆面禁止法」が制定された。「暴力行為の抑制」を目的とし、きょうから施行されるという。
4カ月以上に及ぶ市民デモの本質を、長官はいまだに理解していないのではないか。市民の怒りは、こうした強権による自由の制限に向けられており、反発を増幅する可能性が強い。
香港で法律をつくるのは立法会の役割だ。その手続きを省略する緊急法の発動は、「公共の安全に危害が及ぶ状態」などに限定されている。
前回の発動は、英国の統治に市民が反対した1967年の暴動の際だった。当時は爆弾の使用などで51人の死者が出た。今の香港がそこまでの状況であるとは言いがたい。
緊張を高めているのはむしろ香港政府側の強硬姿勢である。
中華人民共和国の成立70周年にあたる1日には、高校生が警察官から銃で撃たれ、一時重体に陥った。市民に実弾を発射するのは明らかに行き過ぎである。長官は警察の実力行使を抑える措置にこそ動くべきだ。
今回の緊急法の発動に続き、香港政府が今後さらに「緊急状態」の認定をすれば、中国政府による香港への直接介入が可能となる。そうなれば「一国二制度」そのものの土台が崩れてしまう。
覆面を禁じる法律も異様だ。市民がデモで顔を隠すのは、当局の監視と拘束を恐れるからであり、そこには中国的な自由の制限がある。私的な服装までもを取り締まる法律は、適用の対象すらはっきりしない。
香港の今日の繁栄を築いてきたのは、高いレベルの「自由」が保障され、「法の下の平等」を約束する法治システムが機能してきたからだ。それを中国共産党政権は骨抜きにし、香港政府も追従する流れを、香港の人びとは不安視している。
デモの要求は、警察の暴力の検証や、行政長官を選ぶ普通選挙の導入などに広がっている。香港政府が急ぐべきは、デモを封じる強権行使ではない。警察の逸脱行為をやめさせ、市民の要求に謙虚に耳を傾ける対話の場を設けることだ。
自治強化のための改革は時間がかかるだろうが、そこに踏み出す覚悟を示さなければ、事態収束の道は見えないだろう。