(筆洗)「あいちトリエンナーレ2019」 - 東京新聞(2019年9月30日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2019093002000112.html
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落語の「お直し」は新聞のコラムでは少々扱いにくい演目かもしれぬ。廓噺(くるわばなし)で主人公は遊女とその亭主。しかも客をケッ転ばしてでも引っ張り込む「ケコロ」と呼ばれる稼業である。
一九五六年、この噺で古今亭志ん生が芸術祭の文部大臣賞を受賞する。志ん生さんいわく「『お直し』で文部大臣賞とは妙なもんで…」。お堅い国が「お直し」のおかしさ、哀切さをきちんと評価できる。なんとも粋であり、たのもしくさえもある。
時代が変わり、粋どころか野暮(やぼ)も通り越え、おっかない国のやり方である。文化庁が国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」に補助金約七千八百万円を交付しない方針を決定した。
ひっかかったのは元慰安婦を象徴した少女像を展示した「表現の不自由展・その後」。同展は脅迫を受け、中止に追い込まれたが、運営を脅かす事態が事前に予測できたのに申告しなかった、という手続き上の不備を不交付の理由としている。
展示内容で不交付とした検閲ではないと言いたいのだろう。だが、今回の交付中止によって今後、問題が起きそうな展示に二の足を踏ませる効果が残念ながら出るかもしれぬ。不交付は今後へのけん制であり、まだ展示されていない作品への「検閲」にならぬか。
「お直し」とは遊女との時間を延長する意。不交付には見直しの意味で、「直してもらいなよ」と声を上げる。