<日韓関係悪化とメディア> 嘘だけはやめよう 「対韓輸出規制」報道がつくる「二重の現実」 加藤直樹 - ASIAPRESS(2019年8月13日)

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http://www.asiapress.org/apn/2019/08/japan/japan-korea-relations/3/
今回のテーマで言えば、本来は、徴用工判決への報復として輸出規制を行うのは是か非かという議論が広く行われるのが健全なあり方だろう。そうした議論の中で初めて、この選択のメリットとデメリット、正当性と不当性が吟味されるからだ。ところがメディアが事実の代わりに政府の公式見解を客観的事実のように伝えることで、この政策の是非をめぐる議論そのものが成立しなくなっている。いま起きていることが間違いなく日本と隣国の人々の未来を大きく変える重大事であることを思えば、政府の選択の是非をめぐる議論が存在しないのは、深刻な事態だ。
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問題は今回の件だけではないし、メディアだけの問題ではない。誰もが「公式見解」を嘘と知りつつ一方でそれを信じているかのように振る舞う言論状況、いわば「現実の二重化」がこのまま社会を侵食していけば、私たちは自己欺瞞のうちに沈んでいくことになる。敗戦へと転がり落ちていった戦時中の日本がそうだった。まともな判断力と教養をもった大人たちが、「本当に」大本営発表を信じていただろうか。

日本とはシステムは違うが、かつてのソ連もまた、人々が二重の現実を生きる社会だった。公式見解や公式統計数字と、本当の意見や本当の数字が二重に存在し、後者は私的な空間でぼそぼそと話されていたのである。こうした状況に対して、作家ソルジェニーツィンは、「嘘によらず生きよ」という文章の中で、「せめて心にも思っていないことを語ることだけは拒否しようではないか」と訴えた。私たちもまた、公式見解ではなく現実を前提に議論すべきだ。せめて嘘だけはやめよう。