<南風>愛と法ってなんだ? - 琉球新報(2019年6月13日)

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知らない事を知った瞬間に生まれる感情はさまざまだ。まさに喜怒哀楽。映画『愛と法』には、もがき苦しむ人間が、己の存在を認めてもらうために闘うドラマが次々にスクリーンに映し出される。
主人公はゲイの弁護士夫夫(ふうふ)のカズとフミだ。カズの母は同性愛者という存在に無理解だった。「だって知らないもの、誰も教えてくれなかったもの」と母に言われたカズは「そうか、知らない人のことは責められない」と気づく。そこから理解されるまでの寄り添いの時間は濃密なものだっただろう。
弁護士夫夫のもとへやってくる案件には、鑑賞者の頭の中がきっと「知らない事を知る瞬間」でいっぱいになるだろう。日本には無戸籍者が1万人以上存在すること。「君が代不起立」で処分された教師がいること。作品が「わいせつ物陳列罪」で逮捕されたアーティストがいること等々。どの案件も映画1本以上に成り得るテーマばかりだ。それらが社会的に認められるように、カズとフミが日々奔走する姿は愛の塊である。
われわれが、日々の生活の中で気づいているけど難しい問題だからと思考停止になっている「案件」はないだろうか? 自分には関係ないだとか、勝手に無力感や絶望感のせいにしてはないだろうか?
映画『愛と法』には「希望」が詰まっている。そして、そもそも「法」というのは人間の生活を守るために必要な「愛」がないと成り立たないという基本的なことを教えてくれる。
「希望」をつくるには「学び」が必要だ。映画は「学び」で満ちている。私が初めてゲイの存在を知ったのも1980年代に見たアメリカ映画だった。結局、私が毎回この欄で伝えたいのは映画をもっと見よう!ということだ。そして、思考停止になるなということ。
(宮島真一、カフェ映画館「シアタードーナツ」経営


ドキュメンタリー映画『愛と法』予告編