木村草太の憲法の新手(104) 大学無償化の要件設定 「自治」ゆがめる危険 教育内容への介入禁止を - 沖縄タイムス(2019年5月19日)

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5月10日、「大学等における修学の支援に関する法律」が成立した。「学資支給」という名称の給付型奨学金を拡充するとともに(4、5条)、国・自治体の予算で、大学等が低所得世帯の学生等の入学金・授業料を減免できるようになる(8条)。
憲法26条は「その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と定める。また、国際人権規約社会権規約13条2(b)・(c)は、中等・高等教育の無償化による教育機会均等の権利を定め、憲法98条2項は、「締結した条約」の順守を求める。つまり、大学等の無償化は、政府に課せられた憲法上の義務だ。対象の限定はあるものの、今回の法律が教育機会均等のために有意義な法律であるのは確かだろう。
しかし、この法律は、憲法の保障する「大学の自治」をゆがめる危険をはらんでいる。この点を解説しよう。
同法7条2項1号は、制度対象となる大学等を、「教育の実施体制に関し、大学等が社会で自立し、及(およ)び活躍することができる豊かな人間性を備えた創造的な人材を育成するために必要なものとして文部科学省令で定める基準」に適合するものに限定する。つまり、教育内容を給付条件にすることを正面から認めているのだ。しかも文部科学省の裁量を広く認める抽象的な文言となっている。例えば、「太平洋戦争の歴史認識において、政府見解と異なる不正確な教育を行っていないこと」等を求める省令を制定することも明示的には排除されない。
こうした大学教育への国家介入の危険は、既に現実化しつつある。文部科学省は、法律制定に向け、減免措置の対象となる大学等となるには、「実務経験のある教員による授業科目が標準単位数(4年制大学の場合、124単位)の1割以上、配置されていること」という要件を満たす必要があると説明してきた(「高等教育無償化の制度の具体化に向けた方針の概要」平成30年12月28日)。これは、社会(はっきり言えば、就職市場)のニーズに応える教育を受ける支援のためと説明されている。
しかし、特定分野の実務経験があっても、その他の分野や基礎理論を含めた体系的講義ができるとは限らない。実務経験者なら社会のニーズに応えられるという議論の根拠は不明だ。対象を「職業訓練に役立つ」大学に限定したいなら、教育内容ではなく、卒業生の就職率などを基準にすべきだろう。
また、そもそも大学は、学問のための機関であって、その意義は職業訓練に限られない。教育機会均等の理念は、全ての者に平等な学問の機会を与えることにあるはずだ。社会のニーズや就職しやすさを援助条件にするならば、今回の法律は、憲法・条約の求める教育無償化政策とは異なる「就職支援制度」と位置付けるほかなくなる。 
大学は、大学設置基準という厳しい基準をクリアして設置認可を受けている。「職業訓練に役立つ」といった根拠不明の要件を上乗せするのは、大学の自治への不当な介入だ。法律には、給付条件設定による教育内容への介入禁止を明記すべきだし、文部科学省も、早急に方針を改めるべきだろう。(首都大学東京教授、憲法学者