こどもの日に考える 時代を創る人たちへ - 東京新聞(2019年5月5日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019050502000169.html
https://megalodon.jp/2019-0505-0947-26/https://www.tokyo-np.co.jp:443/article/column/editorial/CK2019050502000169.html

令和最初のこどもの日。平成の負債を残す昭和の大人が、恥を忍んで聞いてほしいことがある。新しい時代を創るのは、新しい時代を生きる皆さんです。
中部日本放送制作の「1/6の群像」は、子どもの貧困問題に真正面から向き合った、ラジオドキュメンタリーの秀作です。
厚生労働省の二〇一二年国民生活基礎調査によると、日本の子どもの相対的貧困率が16%を超えて、「六人に一人が貧困状態にある」とわかったことから、タイトルが付きました。
制作期間は約二年。一昨年五月に中部圏で放送されて反響を呼び、文化庁芸術祭の大賞受賞などを経て、昨年十月には、NHK第一で全国放送されました。

◆「無料塾」の仲間たち

舞台は、名古屋市北区の「無料塾」。国の助成を受けて自治体が設置する「学習支援施設」です。
午後六時。区内のビルの一室に十人の中学生と高校生二人が「こんばんはー」と通ってきます。
行政的には、生活保護世帯、生活困窮世帯、ひとり親家庭と呼ばれる家の子どもたち。元教師や公務員、現役の大学生が「学習サポーター」を務めます。
「今日は過去問やりたい」「私は…うーん、数学」-。教えるものと教えられるものが、文字通り額を寄せ合って、その日学びたい科目を学ぶマンツーマンの授業はもちろん、当番がつくったおにぎりをみんなで味わう“おにぎりタイム”も、お楽しみ-。
番組は、塾に集う子どもたちの言葉を丹念に引き出し、拾い集めて、声の“群像”をつむぎます。
中でもひときわ印象に残るのが、取材当時中学三年生だったユウ君の肉声です。ユウ君は学齢前に、養護施設の暮らしを経験しています。
<今の段階でもまだ、大人は信用できないんで-。徐々に信用できるようにしたいと思っていますけど…>。無料塾の仲間の中でもとりわけ大人びた、優等生タイプのユウ君の突然の“告白”、あるいは“告発”に、スタッフは驚き、たじろぎました。

◆ユウ君の自立と船出

それからしばらくたった春。無料塾最後の“登校日”。
<皆さん、本当に二年間、ありがとうございました。自分が助けてもらったように、自分も誰かを助けたいと思ったんで、もっともっと強くなって、それで、消防士の学校に行きたいと思っています>。ユウ君は、出入り口で深々と頭を下げて、塾から巣立って行きました。
濃密な塾の人間関係が心の肥やしになったのか。大人の支援を受け止めて何かを吹っ切ったようなユウ君に、スタッフは安堵(あんど)し、希望を見いだしました。
子どもの貧困問題に取り組む弁護士の岩城正光(まさてる)さんは、作中で語っています。
<一人一人の人間が、我一人立つという気持ちを持てるかどうかなの。我一人立つというのは、“何くそっ”という気持ちなの。そうすると不思議なことに隣の人も立つんだよ->。同感です。
今、時代の節目に立った時、“1/6の群像”たちは「平成は貧困の時代だった」と振り返っているのでしょうか。
経済協力開発機構OECD)が二〇〇五年に公表した報告書によると、一九九〇年代のバブル経済崩壊直後、日本の貧困率は加盟国中すでにワースト二位でした。
これを真摯(しんし)に受け止めず、「一億総中流」の“昭和の夢”に溺れていたのは、私たち大人です。責任を逃れるつもりはありません。
一千兆円を軽く超えてしまった国の借金や地球温暖化原発事故の後始末、憲法をねじ曲げた戦争のできる国…。元号は変わってもリセットできない“平成の負債”を少しでも減らせるよう、私たちももちろん、全力を尽くします。
しかし、いや、だからこそ、「令和」を生きる子どもたち、「自分のことは棚に上げて」と、しかられるのを覚悟の上であらためてお願いします。新しい時代は、皆さんに拓(ひら)いてもらいたい。

◆新時代を自分の色に

元号発表の記者会見。「次の時代にどのような国造りをしたいか」という質問に、首相は「一億総活躍社会」などと答えたけれど、違和感を覚えます。新しい「国造り」をするのは、新しい時代を生きる皆さんだから。
♪時代を変えるのは常に青春で/老いた常識よりはるかに強く…。(吉田拓郎「街へ」)
ユウ君は、「令和」というキャンバスに、どんな色で何を描いてくれるでしょうか。
願わくは「時代」という小さな器に収まらず、日々新しいものをめざし続けてほしい。“越えて行け、そこを”、です。