(斜面) 非常勤講師を務めていたが雇い止めに遭って生活が困窮 - 信濃毎日新聞(2019年4月19日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190419/KT190418ETI090006000.php
http://archive.today/2019.04.19-013820/https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190419/KT190418ETI090006000.php

法学部の研究室から噴き出た炎がツタのはう壁を黒焦げにした。昨年9月、九州大。この部屋で長年、憲法を学び続けてきた元院生の男性は何を焼き払おうとしたのか。自らも火に包まれて46歳の命を絶った。遺書は見つかっていない

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家業が行き詰まり苦学して合格した。<すべて国民は、法の下に平等>とうたう憲法に共感し研究に打ち込んだ。博士課程でも学費や生活費を稼ぐためアルバイトを掛け持ちした。博士論文を書き上げられないまま在籍期限を迎え2010年に退学した

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周囲は能力を評価していた。本人も思いを断ち切れず研究室を無断で使用していた。他大学の非常勤講師を務めていたが雇い止めに遭って生活が困窮する。数百万円の奨学金返済も重くのしかかった。火を放ったのは研究室の明け渡し期限の日だった。報道が伝えた事件の経過だ

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「彼は私かもしれない」。身につまされた研究者が多いのだろう。波紋は広がった。「女性科学研究者の環境改善に関する懇談会」の昨年の調査によれば、非常勤講師の7割近くが年収200万円未満。多くが30〜50代の働き盛りだ。家計も担っている

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博士号を得ても常勤の職に就けず、非常勤では雇い止めの不安にさらされている。若い研究者を囲む荒れ野は国の政策が招いた。大学院生を増やす一方で国立大の運営費交付金を減らした。受け皿が増えるはずがない。元院生の死が告発したのは、努力しても報われない不条理ではないか。