(余録) 英語で楽しさ、面白さを表す「fun」だが… - 毎日新聞(2019年3月27日)

https://mainichi.jp/articles/20190327/ddm/001/070/177000c
http://archive.today/2019.03.27-021405/https://mainichi.jp/articles/20190327/ddm/001/070/177000c

英語で楽しさ、面白さを表す「fun」だが、「make fun of~」というと「~をあざ笑う」「慰みものにする」という陰湿な意味になる。楽しむのはいいが、他人の慰みのタネにされた方はたまらない。
同じく遊びの「game」も「make game of~」というふうに使われると「~をからかう」「ばかにする」という意味になる。人をおもちゃにするということだ。人間は時に他人やその心をもてあそんで喜ぶ残酷な生物である。
およそ教育者なら「人をゲームにする」のがいじめを意味することなど常識だろう。しかし教室で同級生から繰り返し下着を脱がされる仕打ちを受けて不登校になった生徒の親族に、学校は「グループの罰ゲームだ」と説明していた。
広島県のこの中3の男子生徒は不安障害などの診断を受け、現在も治療中という。国の指針ではいじめの「重大事態」として認定した例に下着を脱がされることも挙げていた。だが学校は親族らの訴えを半年以上放置していたという。
先日調査結果が公表された茨城県のいじめ自殺では、当初学校がいじめの「重大事態」を認定せず、教師の関与も見過ごされるところだった。今回は生徒の心身に被害が生じ、不登校になったら直ちに調査すべき「重大事態」であろう。
むろん子どもの命や健康にかかわる最悪の事態を防ぐのは教師や学校の最優先の使命である。耳を傾けるべきは弱者をもてあそぶ「ゲーム」のプレーヤーの高笑いではなく、苦しむ子どもらのうめき声だろう。