(余録) 卒業式の日に「仰げば尊し」を歌わせない学校があった… - 毎日新聞(2019年3月18日)

https://mainichi.jp/articles/20190318/ddm/001/070/146000c
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卒業式の日に「仰げば尊し」を歌わせない学校があった。校長にとってあれほどつらい歌はないからだという。作家の山口瞳のエッセーにある。
生徒たちを見送る時、その校長は後悔で胸がいっぱいになる。ああもしたかった、こうもしたかったのに。だから「仰げば尊しわが師の恩」と歌われるのは忍びないのだ。
卒業式でよく歌われるようになったのが「旅立ちの日に」だ。埼玉県秩父市の影森(かげもり)中学校で1991年に生まれた。音楽教師の高橋浩美さんが作曲し、校長に作詞を頼んだ。3年間をともに過ごした卒業生への贈りものだった。
福島県南相馬市立小高(おだか)中学校の「群青(ぐんじょう)」も広く知られる。東日本大震災で離ればなれになった生徒たちのために音楽教師の小田美樹(おだ・みき)さんが作った。歌詞は生徒の言葉から。一緒に見た夕日、花火、自転車で行った海……。

きっとまた会おう
あの町で会おう
僕らの約束は
消えはしない
群青の絆
また会おう
群青の町で

この春から高校の音楽の教科書に載る。
仰げば尊し」を歌わせない校長は、校庭にぽつんとたたずむ生徒を見ると、いても立ってもいられなくなる。家庭に恵まれなかったり、体が丈夫でなかったり。仕事を放り出して駆け寄った。「教育とはそのことに尽きるのではないか」。山口瞳は校長の話に心を動かされ、小説を書いた。
教え子を一番に思う先生とめぐり合えた生徒は幸せだ。旅立ちの時、大切な記憶とともに「仰げば尊し」の思いが胸にこみ上げるだろう。