(余録)日本とハワイ王国の間で移民条約が結ばれ… - 毎日新聞(2019年1月27日)

https://mainichi.jp/articles/20190127/ddm/001/070/126000c
http://archive.today/2019.01.27-010304/https://mainichi.jp/articles/20190127/ddm/001/070/126000c

日本とハワイ王国の間で移民条約が結ばれ、初めて「官約移民」と呼ばれる一行が日本を出発したのは1885年1月27日。ちょうど134年前のきょうである。明治の初め、東京は仕事を求める人が集まり、人口増が問題になっていた。
「3年で400円稼げる」と政府は移民を募集した。現在の貨幣価値だと800万円ほどになる。ハワイではサトウキビ畑や製糖工場での働き手が足りず、外国から労働者を求めていた。希望に胸を膨らませて船に乗り込んだ人は多かったはずだ。
ところが、夢の国に着いた彼らを待っていたのは過酷な労働だった。炎天下で長い時間働かされ、工場では暑さと騒音に苦しめられた。手を抜くと大きな体の現場監督のむちが飛んでくる。
家畜小屋のような宿舎で雑居生活を強いられ、給料も他国からの移民より低かった。当時のハワイには「主人と召使法」という法律があり、ひどい待遇でも3年の契約期間中は辞めることを許されなかった。
ただ、先人たちの苦労をしのんでばかりはいられない。低賃金や劣悪な職場環境で外国人労働者に長時間働かせているのが今の日本である。1年で7000人もの実習生が失踪し、労災による死亡も相次いでいる。
植民地主義奴隷貿易が許されていた時代とは違う。人間らしい生活が保障されない国は労働者から選ばれなくなるだろう。今春から新しい外国人労働者の制度が始まる。政府の受け入れ態勢が整っているようには思えない。日本の良識が問われている。