(書く人) 差別を共感に変える力 『童の神』 作家・今村翔吾さん(34) - 東京新聞(2019年1月27日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/kakuhito/list/CK2019012702000176.html
https://megalodon.jp/2019-0127-1002-47/www.tokyo-np.co.jp/article/book/kakuhito/list/CK2019012702000176.html

第十回角川春樹小説賞に輝いた本作は、平安時代を舞台に、鬼、土蜘蛛(つちぐも)などと呼ばれて差別される土着の民「童(わらべ)」が、京の朝廷にあらがう姿を描く。重いテーマながら読み応えのあるエンターテインメントに仕上がっており、著者初の直木賞候補作としても話題になった。受賞こそ逃したが、デビューから二年足らずの気鋭は「候補入りから発表までの一カ月、ずっと楽しかった」と笑った。
主人公は、後に酒呑童子(しゅてんどうじ)と呼ばれる桜暁丸(おうぎまる)。当初は父や故郷を奪った朝廷への憎しみに突き動かされていたが、兄貴分の貴族藤原保輔(やすすけ)や仲間となる童との出会いを経て成長し、戦や差別がない世を目指すようになる。御伽草子(おとぎぞうし)などで伝わる「悪行を働く鬼」というイメージとは、全く異なる人物像だ。「執筆中は、彼と二人三脚で進んでいる気持ちだった。人間としての酒呑童子を描いたのは僕が初めてでは」。彼の意志は、やがて敵役の朝廷や、童をさげすむ京の人々の気持ちを変えていく。
終盤、童たちは朝廷と和解する可能性に懸けて、ある人物に会うため京に向かう。人々は、威勢よく歌う桜暁丸らに感化され、笑い、声を合わせる。「京にも童と同じ気持ちの人がいるかもしれないと考えた。童も京の人々も、同じ血が流れていることを確認できた。登場人物たちが幸せそうな顔をしていると思いながら書いた」。当初の構想にはなかったというが、テーマを象徴する名場面だ。
京都府木津川市出身、大津市在住。少年のころから作家になるのが夢だった。ダンスのインストラクターとして小中高生らを教えていたが、三十歳を機に一念発起。歴史を学ぶため、滋賀県守山市埋蔵文化財センターの職員になり、仕事の傍ら執筆に励んだ。センターは昨年二月で退職したが、本作には在職中に発掘した竈(かまど)を登場させた。描写に上司のアドバイスを受けるなど、経験や人脈が細部に生きている。
江戸時代の火消しを描いた『火喰鳥(ひくいどり) 羽州ぼろ鳶(とび)組』で、二〇一七年にデビュー。旺盛な創作意欲で、時代小説を中心に次々と作品を発表している。直木賞は目標の一つだが、今回の結果に悔しさはないという。「がぜんやる気が出てきた。書くべきことがまだまだあるという意味だと受け止めた。何度でも立ち上がり、挑戦したい」
その力強さが、差別に対し《俺は人を諦めない》と宣言した桜暁丸と重なった。

角川春樹事務所・一七二八円。 (谷口大河)

童の神

童の神