原子力発電、採算合わず“儲からないビジネス”に…欧米メーカーはすでに撤退、世界の潮流 「加谷珪一の知っとくエコノミー論」 - Business Journal(2019年1月6日)

https://biz-journal.jp/2019/01/post_26101.html

アベノミクスの目玉政策の一つだった原発の輸出ビジネスが岐路に立たされている。三菱重工業がトルコの原発建設計画を断念する方針を固めたほか、日立製作所も英国で進めている原発プロジェクトの見直しを決定している。日本の高度な原発技術を世界に輸出するという一連のプロジェクトは、ほぼすべて頓挫するという状況になってきた。
トルコに対しては外交的にも特別扱い
三菱重工は、政府と一体になって進めていたトルコの原子力発電所の建設計画を断念する方針を固めた。最大の理由は、コストが想定の2倍に膨れ上がり、採算が取れない可能性が高まってきたからである。
トルコへの原発輸出は、安倍晋三首相とトルコのエルドアン首相(現大統領)が親しい関係にあることから浮上した国策プロジェクトである。三菱重工を中心とした企業連合が、黒海沿岸に原発4基(総出力約450万キロワット)を建設する計画が立案された。
トルコに対しては外交的にも特別待遇が実施された。政府は2013年5月にトルコと原子力協定を結んだが、これはトルコに対して原子力発電所の関連資材や技術を輸出するためのものである。この交渉は原発の受注とセットで進められたが、締結された文書には、日本が書面で同意すれば、輸出した核物質について再処理できるという文言まで入っていた。日本が同意すればという条件付きではあるが、場合によっては核兵器への転用を可能にする内容だったことから、野党はもちろん与党内からも慎重な対応を求める意見が出たものの、成長戦略優先という雰囲気のなか、こうした声は顧みられなかった。
最近では話題になることも減ったが、この協定は一昔前なら大問題となっていた可能性が高い。なぜなら使用済核燃料の再処理を認めるかどうかは、米国の核戦略とダイレクトに関係するテーマだからである。
米国が中心となって策定した核不拡散条約は、米国、英国、ロシア、フランス、中国を核保有国として定義し、それ以外の国への核兵器の拡散を防止するという内容である。第2次世界大戦の戦勝国を中心とした一方的な条約ではあるが、これが戦後の国際秩序の根幹となってきたのは事実である。北朝鮮が各国から制裁を受けるのは、この枠組みに北朝鮮が反発していることが原因である。
採算がまったく合わないという事態に
当然のことながら日本は核保有国ではないが、原発に関する高い技術を持っており、使用済核燃料を自力で再処理する能力がある。核燃料を再処理できれば、兵器への転用が可能なプルトニウムを抽出できるので、国際社会は日本について核保有国になるポテンシャルを持つ国と認識している。
核不拡散という基本方針に反する状況であるにもかかわらず、日本が核燃料の再処理を実施できるのは、日本と米国の間に強固な同盟関係が成立しているからである。つまり日本は米国から見れば特別扱いの国であり、日本の原子力技術というのは、日米安保に支えられたデリケートな存在ということになる。
米国とは必ずしも友好的ではないトルコに対して、核兵器への転用を事実上、認める協定を結ぶことは、思わぬ政治的、軍事的リスクを招く可能性がある。現時点において大きな問題が発生していないとしても、わざわざ積極的に協定を締結するメリットは少ない。
だが安倍政権は、トルコへの原発輸出を最優先し、こうした微妙な協定を結んでしまった。原発推進脱原発かという議論以前の問題として、慎重な意見が出てくるのも無理はないだろう。
これだけのリスクを背負って進めたトルコへの原発輸出だが、結局はコスト的に合わないという理由で断念する結果となった。三菱重工と同様、日立も英国への原発輸出を計画しているが、こちらも撤退するかどうかの瀬戸際に立たされている。理由はトルコと同じく採算性である。
では、なぜ日本の原発メーカーは、ここにきて、採算が合わないという事態に直面しているのだろうか。理由は2つあると考えられる。
シーメンスやGEなどは事実上、原発からは撤退している
ひとつは原発のコスト上昇である。一般的には、福島第1原発の事故が発生したことから、安全基準が高くなり、コストが増加したと理解されている。だがライフサイクル・コストまで考えた場合、原発はそもそも割高であるという話は、福島の事故以前から業界ではかなり議論されていた。
欧州の総合メーカーである独シーメンスは2011年に原発から撤退。米ゼネラル・エレクトリック(GE)本体も原発からはほぼ手を引いている。GEは沸騰水型原発BWR)の技術を開発した原発メーカーの雄であり、東芝や日立といった日本メーカーはGEからの技術導入で原発事業に参入した。原発の本家本元の企業が手を引いているという現実を考えると、ビジネスとして成立させるのは難しい状況になったと考えるのが自然だろう。
こうした環境の変化は、原発を発注する側にも顕著にあらわれている。
かつて原発を建設する場合、基本的に電力会社が発注を行い、原発メーカーはそこに原子炉を納入するだけであった。製造するまでがメーカーの責任であり、その後の運用はあくまで発注者である電力会社がリスクを負う。
しかしトルコや英国の案件は、原発メーカー(もしくはメーカーが関与した事業体)が発電所の建設だけでなく、その後の運用まで引き受けるという形式で、トルコや英国は、発電した電力を買い取ることで対価を支払う。つまり発注側であるトルコや英国は、電力に対して対価を支払うだけで、原発そのものが抱える各種のリスクを負わない仕組みとなっているのだ。
このように発注側に圧倒的に有利なスキームが成立しているのは、原発が儲からないビジネスになったという現実を如実にあらわしている。さらに都合が悪いことに、こうした不利なスキームに対しても、戦略的な価格で応札する国が存在しており、日本はそうした国々と競争せざるを得なくなっている。不利な条件でも安値で応札する国というのは、具体的にいえばロシアと中国である。
日本は採算度外視のロシアや中国とのガチンコ勝負に
先ほども説明したように、発電用の原子力開発と核兵器の開発を分けて考えることは、物理的、工学的にも、また政治的にも不可能である。軍用と民間用を意図的に完全分離し、再処理すら行わないという米国を除いては、何らかのかたちで核開発との関係性が生じてしまうというのが原子力産業の宿命である。
ロシアや中国は、原子力産業が持つこうした特質をむしろ積極的に利用し、兵器開発とセットで原発の開発を進めてきた。特に中国の場合、各国に覇権を拡大したいとの野心があり、破格の値段で原子力発電のプロジェクトを請け負っている。
ビジネスベースで原子力に取り組む先進国の企業はほとんど原発から撤退しており、日本メーカーだけが、こうした採算度外視の新興国メーカーと争う図式になっている。一般的に考えて、こうした市場環境において価格面で日本メーカーに勝ち目はない。トルコや英国は、中国やロシアが提示する価格をベースに買い取りを検討するので、日本側と2倍のズレが生じても不思議ではないだろう。
原子力をとりまく環境が悪化していることは以前から何度も報道されていたし、誰よりも原発メーカー自身がよく理解していたはずだ。十分な検証をせずに「日本の技術を世界に」といった精神論で一連のプロジェクトを進めてしまったのだとすると、今回の結果は必然ということになるだろう。
(文=加谷珪一/経済評論家)