<ともに>詰め込まない学習塾(下) よりよく生きる土台を - 東京新聞(2018年10月26日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201810/CK2018102602000156.html
https://megalodon.jp/2018-1026-1111-35/www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201810/CK2018102602000142.html

朝からどんよりした十月中旬のある日。天気に引っ張られるかのように、塾に来た子どもたちも皆、気分が乗らない。来るなり寝てしまったり、漫画を読みふけったり。学習障害(LD)がある子どもが、自ら学ぶ力を身に付ける愛知県岩倉市の「元気のでる学習塾」では、こんなときも主宰する児童文学研究者の伊藤順子さん(59)と夫の俊彦さん(66)は「ここで安心して寝られるのならいい。子どもも学校や家で疲れて大変だから」と気にしない。
勉強するよう働きかけることもなく、二人は子どもたちを見守る。しばらくすると、宿題をやりかけのまま漫画を読んでいた同県豊山町の六年生松村天斗(たかと)君(12)は、意を決したように再び机に向かった。
やり終えた宿題を天斗君自身で丸付けすると、全問正解。順子さんは「新しい漫画読む?」と笑い掛けた。二〇〇九年三月、二十一歳で急逝した長男康祐さんが生前、注文していたものが死後に届いた。長い間、読めずに置いていたが「天斗が頑張ったごほうび」と、真新しい漫画本を手渡した。
迎えに来た天斗君の母早苗さん(45)は、集中して物事に取り組めるようになった息子に目を細める。塾に来た二年半前は「学校でも気が乗らない行事だと、感情を表に出して参加せず、授業中も魂が抜けたようにぐでーっとして、やる気がない態度だった」と言う。得意なことを見つけようと、いろいろな習い事をさせたが続かなかった。
塾には知人の紹介で天斗君が四年生の時に通い始めたが、早苗さんは塾でも怒ってばかり。そんなころ、順子さんにアドバイスされたのは、息子への接し方でなく夫との向き合い方だった。「あなたが変わらないと、ご主人も変わらない。夫婦関係がよくなれば、天斗君も自然によくなる」と言われた。しかし、そのときは「うそだあ」と思ったという。
当時、早苗さんは再就職を考えていたが、夫(47)は早苗さんに家にいて家庭を支えてほしいと望んでいた。考えが折り合わないまま、家事や育児のすべてを早苗さんが抱え込んでいた。
順子さんの話を半信半疑に聞きつつも、自分が何に悩み、どうしたいのかを一つずつ夫に話した。早苗さんの話に納得し賛同した夫は天斗君に勉強を教え、家事を手伝ってくれるようになった。「その一面を初めて見て『預けていいんだ』と気楽になった」と話す。
すると、天斗君もゆっくり変わっていった。勉強を教わっている途中で、かんしゃくを起こすことがなくなり、自分の判断で宿題もやり切れる。早苗さんは「私は『やることをやってから、好きなことをして』と言ってしまうがここは逆。子どもより、私がここに来たかったのかもしれない」と話す。
迎えにきた早苗さんに気付いた天斗君は、すぐにその背中に乗る。「塾に来るようになる前は、お母ちゃんが『家事で疲れた』って言うから、おんぶしてって言えなかった。でも、今は違う。中学を卒業するまで乗っけて」と甘える。
順子さんは「親も困難や不安がある。でも、その中でどう生きるかを自身に問わないと、子どもとの関係はよくならない」と話す。自身も、康祐さんを思うと「お母さんは、どう生きるの?」と問いかけられている気がする。「いつも康祐が気付かせてくれる。子どもたちの人生は長い。勉強以外にも関心を持ち、本を読んだり、調べたり、いろんな人と雑談したりして、よりよく生きるための土台をつくってほしい」 (出口有紀)