<ともに>詰め込まない学習塾(上) 口を出さず自発性育む - 東京新聞(2018年10月24日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201810/CK2018102402000182.html
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やることに口を出さず、子どもに寄り添う学習塾が愛知県岩倉市にある。最低限のやることは学校の宿題だけで、あとは自由。学習障害(LD)などがあり、学校生活になじみにくい小学生三人が通ってきてはのびのびと過ごし、ゆっくり成長している。 (出口有紀)
「いやだー」。一番乗りで塾にやってきたのは近隣の同県稲沢市に住む小学四年生の湯脇万葉(まよ)さん(9つ)。いすの上で猫のように小さく丸まる。しばらくごねていたが、母佐代さん(46)が絵本の読み聞かせを始めると、佐代さんのひざの間に入り込み、絵本に集中した。
「いつも最初は嫌がるの」。児童文学研究者で、この「元気のでる学習塾」を主宰する伊藤順子さん(59)がほほ笑む。絵本や漫画など約二万冊を置いて二〇〇九年に開設した私設図書館で、一五年秋に元県職員の夫俊彦さん(66)と始めた。学習塾といっても、目指すのは子どもたちが自発的に学びたいことに取り組む姿勢を身に付けること。「勉強しなさい」とは一切、言わない。
万葉さんは日常生活や会話には問題がなく、授業中も静かにしていられるが、読み書きや計算が苦手。四月から特別支援学級に通う。普通学級から特支学級に変わるのは、家族で話し合って決めたことだが、佐代さんには迷いが残る。「四年生で学ぶ内容は特支学級では習っていないし、通常学級の友だちと離れてしまう。これでよかったのか」
名古屋市の航空機メーカーの元技術者で、現在は故郷の大分県で猟師をする蔵本晴之さん(60)は、テレビ電話を使って子どもたちに主に計算を教える。特別授業として、象形文字を見せて、その文字からどの漢字が成り立ったのかを考えさせると、万葉さんは次々と当てて、蔵本さんや順子さんを驚かせた。
塾に来た当初は、平仮名の「の」と「ね」の見分けが付かず、音読するときは人が読む音をまねて覚えて、何とか声に出して読んでいた。順子さんは「ゆっくり教えれば分かるようになるけれど、通常学級ではそれが難しい」と話す。
近隣の愛知県豊山町に住む六年生の松村天斗(たかと)君(12)は塾に来るなり、持参した漫画を読みふける。しばらくすると、本を閉じ「さあ、やろう」と漢字の宿題を始めた。分からない字があると、辞書で確かめる。
初めて塾に来た四年生の時は、根気がなく、切れやすかった。宿題がちょっと分からなくなると、パニックに。俊彦さんもてこずったが「深刻になることはない。無理にやらなくてもいい」と言い続けた。
文庫の漫画は読みたいだけ読ませ、眠い時は寝かせ、絵本や子ども新聞を一緒に読んだ。そのうち、俊彦さんにおんぶや抱っこをせがむようになった。俊彦さんは「氷がとけるようにやわらかくなった」と話す。
天斗君は「最初はここに来るのが面倒くさかった。でも、好きな時に本を読み、宿題ができるのがいい。勉強がちょっと好きになった」とはにかむ。順子さんは「夫と人間関係が築けたのがよかった。安心できる環境ができれば、子どもは勉強や読書もする。何となく分かっていたことが実感できた」と言う。
勉強に集中する天斗君に万葉さんらがちょっかいを出して追いかけ合ったり、いすや敷物を使って「基地」を作り、そこで本を読んだり。たびたび宿題は中断するが、伊藤さん夫婦はあせらない。「この子たちが楽しい顔をしていれば、育っているかなって思う」