人と暴力、刀に込めて 映画「斬、」ベネチア国際映画祭出品 - 東京新聞(2018年8月23日)

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世界三大映画祭の一つ「第七十五回ベネチア国際映画祭」が二十九日、イタリア北部で開幕する。主要な賞を競うコンペティション部門に、塚本晋也監督(58)の時代劇「斬(ざん)、」が出品される。二〇一四年の「野火」以来、三回目の出品に「選ばれただけでも光栄だが、『野火』でも描きたかった人と暴力の歴史を、一本の刀に凝縮した」と心境を語った。 (酒井健
「斬、」は、幕末の農村を舞台に、「人を斬ること」に悩み苦しむ浪人(池松壮亮(そうすけ))と、農家の娘(蒼井優)ら関わる人々を描いた。塚本監督にとって初の時代劇。現地入りを前に、作品に込めた思いを聞いた。

−時代劇を題材に選んだ理由は

二十年ぐらいずっと考えていた。「一本の刀を過剰に見つめてしまう若い浪人」というイメージがあって、結実する機会を狙っていた。「野火」という戦争映画を撮った後に残ったもやもやした思いと「浪人」がピシュッと合わさった。「野火」に出てくる(銃などの)兵器を、時間をさかのぼり刀に凝縮した。
幕末の血なまぐささが明治時代に続き、第一次、第二次世界大戦につながっていく。主人公の一本の刀が振られるか振られないかの決断が、時代を作っていったような意味合いにもなったと思う。

−今回は暴力に踏み切れない男が主人公 

僕は劇画世代で、本当の暴力は体験していない。若い頃は、暴力をファンタジーの一部として描いていた。でも、実際に戦争のにおいを感じると、面白いとか気持ち良くは描けない。「野火」からは、ただ嫌だというか、見ていておぞましいものとして描いている。

−描きたかったことは

権力者が示す「(戦いの)大義」を信じ込む一般の人たちがいて、戦いに向け(みんなの)士気が上がる。切迫感は意外になく、悪そうな人をやっつけてほしいと漠然と思っている。そんな気持ちにも刃(やいば)を突きつけたい。

−完成後の手応えは

黒沢明さんらの時代劇への憧れもある一方で、今の若者がその時代に行き、そのまま呼吸をしているような映画にしたかった。描きたかったことは、シンプルな中にきちんと入った感触はある。ベネチアで上映されることは光栄ですね。

◆「時代劇 目立つが難解な点も」
海外の映画祭に詳しい城西国際大の掛尾良夫教授(68)は「映画祭は、自らが発掘して育てた監督を大切にする傾向があり、塚本監督も敬意をもって迎えられていると思う」とした。一方で「時代劇は日本固有の世界なので目立つが、外国人には難解なこともある。それでも日本映画はベネチアで良い成績を取ってきていると感じる」と分析した。
また、ベネチアを含む海外の映画祭では「注目される作品に時代が反映される」と指摘。「少し前までは難民問題を扱った映画、最近は、今年のカンヌの『万引き家族』など、先進国の貧困や格差社会をテーマにした作品が評価されつつある」と見ている。

◆カンヌの是枝作品に続くか
ベネチア国際映画祭」は、国際美術展ベネチア・ビエンナーレ」の一環として1932年に始まり、世界最古の国際映画祭ともいわれる。
過去の日本映画では、黒沢明監督「羅生門」(1951年)、稲垣浩監督「無法松の一生」(58年)、北野武監督「HANA−BI」(97年)の3作品が最高賞の「金獅子賞」を獲得した。塚本監督はベネチアで審査員を務めた経験もある。5月には、フランスのカンヌ国際映画祭で、是枝(これえだ)裕和監督の「万引き家族」が最高賞「パルムドール」を受賞。「斬、」がそれに続くか注目される。「斬、」の日本公開は11月24日。