(東京エンタメ堂書店)<江上剛のこの本良かった!>オウム事件 死刑執行13人の衝撃 - 東京新聞(2018年8月20日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/entamedo/list/CK2018082002000184.html
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地下鉄サリン事件などを起こした、麻原彰晃元教団代表ら十三人のオウム真理教の確定死刑囚の死刑が執行された。死刑賛成派も反対派も関心のない人も、十三人という人数には衝撃を受け、動揺したのではないだろうか。そこで今回は、死刑に関する三冊。

◆残忍さ解明
<1>佐木隆三著『慟哭(どうこく) 小説・林郁夫裁判』(講談社、品切れ、電子書籍あり)
地下鉄サリン事件の実行犯の中で死刑を免れた林郁夫受刑者のドキュメント。すごい本だ。十三人の死刑が執行された際、多くの人が「どうして彼らのような優秀な人が、これほど残忍な事件を起こしたのか、何も解明されていない」と批判した。しかし本書を読むと、かなりの部分が理解できるのではないか。佐木隆三という優れたドキュメンタリー作家の想像力が不明な部分を補ってくれる。
林は、慶大医学部卒の心臓外科医で国立病院の医局長まで務め、患者に慕われる優秀な医師だったが、オウムに全財産を寄進して家族全員で入信し、治療省大臣となる。
別件で逮捕された林を取り調べた警部補は「林先生」と呼ぶ。入信する前の気持ちに戻ってくれるかもしれないと期待したからだ。林は警部補に心を開き、自分の罪を認め、地下鉄サリン事件について詳細な供述を始める。そのおかげで事件の全容が解明され、麻原を含む関係者の逮捕につながる。林は裁判でも麻原と対決し、彼の「まやかしを明らかにする」べく闘う。
なぜ事件を実行したか。「考えるということを麻原に預けて」いたといい、入信は「医療では救えない」という問題に深く悩んだ結果だという。圧巻は、亡くなった高橋さんと菱沼さんの妻、シズヱさんと美智子さんの証言だろう。お二人は悩み抜いた結果、林の死刑を望まなかった。結果、林は無期懲役の判決を受ける。
私の能力ではこの場で紹介しきれないほど濃い内容である。私に言えることは悪い師(リーダー)に逢(あ)えば、だれでも林のように罪を犯してしまう可能性があること。そして今も麻原を信じている人たちは、本書を読んで目を覚ましてほしい。これは林も望んでいる。林は、死刑を執行された麻原や他の信者たちのことを獄中でどう思っているのだろうか。自分の死刑を回避したいと考えていなかっただけに、つらい思いで報道を聞いたのではないか。



◆赦しと改心
<2>堀川惠子著『教誨師(きょうかいし)』(講談社文庫、七七八円)
教誨師とは確定死刑囚と「唯一自由に面会することを許された民間人」。死刑囚と対話を重ね、心の平安を保ち、執行にも立ち会う無報酬のボランティアである。その役割を半世紀にわたって続けているのが、浄土真宗僧侶の渡邉普相(わたなべふそう)だ。本書は渡邉の人生を追い、死刑囚の人生を重ね合わせる。
さまざまな死刑囚が登場する。その一人、山本勝美(仮名)は酒を飲みたいばかりに刑務官を殺害し脱走した。山本は教誨で、歎異抄(たんにしょう)の「悪人こそ往生する」との親鸞悪人正機説に出会い、浄土真宗に理解を深めていく。その姿を見て渡邉は「赦(ゆる)しこそ反省や更生を促す特効薬」なのかもしれないと思う。すっかり改心した山本にも最後の日が訪れ、刑場への移送車の中で「先生、あれ、あの店です!」と叫ぶ。それは殺人を犯してまで脱走し酒を飲んだ店。飲んだのは一合だけ。「たった一合のために死刑かよ」と渡邉はやりきれない思いを吐露する。
死刑を単なる「人殺し」の現場にしないために宗教者の役割があるのだと、渡邉は言う。改心した人間を殺していいのか、と考えさせられる。

教誨師 (講談社文庫)

教誨師 (講談社文庫)


◆刑場の実態
<3>坂本敏夫著『死刑と無期懲役』(ちくま新書、七七八円)
本書は、元刑務官が書いた死刑の現場の実態だ。保安課長という責任者として、死刑囚AとBの死刑を初めて執行する様子が赤裸々に書かれている。前夜から著者は死刑囚が息を吹き返す悪夢に悩まされる。予定通り執行しなければならない責任感と不安からだ。刑場の扉を開けると生ぬるい空気の塊が吹き出す。係長はこれを成仏できない霊だと言う。
「どうしても死刑の真実の本を書かなければ!」という切羽つまった思いで書き「二十一世紀に人を殺す職業があることがあまりにも悲しい」と言う。刑務官の苦悩が全ページから溢(あふ)れ出てくる。

死刑と無期懲役 (ちくま新書)

死刑と無期懲役 (ちくま新書)


  (えがみ・ごう=作家)