(論壇時評)RADWIMPSの愛国ソング 日本語論より動機考察を 中島岳志 - 東京新聞(2018年6月28日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/culture/rondan/CK2018062802000260.html
https://megalodon.jp/2018-0702-0738-42/www.tokyo-np.co.jp/article/culture/rondan/CK2018062802000260.html

人気ロックバンド「RADWIMPS(ラッドウィンプス)」の新曲「HINOMARU」が波紋を広げている。ボーカル・野田洋次郎が書いた歌詞が「軍歌のようだ」「愛国心を高揚させる」と指摘され、賛否両論を巻き起こしているのだ。
「この身体に流れゆくは 気高きこの御国の御霊(みたま)」「さぁいざゆかん 日出づる国の 御名の下に」
確かに古語調の歌詞は、軍歌を思わせる。愛国ソングであることは間違いない。
湧き上がった批判の声に対して、野田はツイッターで見解を発表し、軍歌を書こうという意図は「1ミリもありません」と釈明。「戦時中のことと結びつけて考えられる可能性がある」との指摘については、「腑(ふ)に落ちる部分もありました」としたうえで「傷ついた人達、すみませんでした」と謝罪した。
多くの論者が指摘するのは、歌詞に登場する古語の不自然さだ。辻田真佐憲は「WEB版現代ビジネス」(6月11日)に掲載した「RADWIMPS衝撃の愛国ソング『HINOMARU』を徹底解剖する」で、愛国ソングとしての完成度の低さを論じている。歌詞は「古めかしい言葉づかいと、現代的な言葉づかいが微妙に混ざり合っていて、どうしても違和感をぬぐえない」。しかも、古語にこだわりを見せているわりには「日本語の使い方が雑すぎる」。言葉の使い方の失敗により、この愛国ソングが「フェイクであり、空洞であることを」露呈してしまっている。
小田嶋隆も「日経ビジネスオンライン」(6月15日)掲載の「HINOMARUに詫(わ)びる理由なし」で、「古語風の言い回しの不徹底さ」を指摘し、その誤用を論じている。
たしかに野田の歌詞は、古文としての完成度を欠いている。日本語としての居心地の悪さがつきまとう。しかし、野田があえて古語にこだわり、愛国ソングを発表した内在的動機については、議論が進んでいない。
問題なのは、この曲が生み出された背景である。野田は、なぜ愛国を歌うのか。なぜ、擬古文なのか。
野田は二〇一五年に『ラリルレ論』(文芸春秋)を出版しているが、この本には彼の率直な思いや考えが、日記として綴(つづ)られている。
彼が子供のころの思い出として言及するのは、約四年間をアメリカで過ごしたことと、父親からの抑圧である。父は怒ると手が出る人で、「黙れ」「死ね」「寝ろ」「クソが」「てめぇ」という「親子とは思えないような言葉」を吐いたという。彼は父に脅(おび)えながら、毎日を暮らした。
野田は日本に帰りたかった。日本では親戚が「よく帰ってきたね」と温かく歓迎してくれる。ぬくもりがある。
彼は「日本の街が大好きだった」。特に東京が好きだった。「東京という街に憧れていた」
アメリカは銃社会。暮らしていたロサンゼルスでは、子供が一人で遊びに行くことは難しい。それに対して日本は安全で、ちょっとした冒険をしても、問題は起こらない。特に商店街が好きで、「アメリカで暮らす僕からすると、なんだかジブリの映画にでも出てくるようなまったくの異世界がキラキラと光っていた」。
そして、帰国。楽しみにしていた日本の小学校に通うことになった。
しかし、いじめられた。日本の子供たちは、幼稚に見えた。ここで野田は悟る。「僕にホームなんかない」
青年になっても、この思いは消えない。憧れた日本。帰りたかった日本。しかし、この国の政治家は国民のことを考えずに、政争にあけくれる。震災があっても、復興がままならない。不正がはびこる。
彼の思いは、純粋化された幻影の日本へと向かう。魂で結びついた平和でスピリチュアルな日本へと回帰していく。
彼の論理は、ネット右翼とは大きく異なる。彼は韓国を愛し、隣国との和解を望む。憎しみ合うことは「戦いを望む者たちの思うツボ」であり、「戦争を望む者たちの勝利なのだ」。だから言う。「俺は愛し合いたい。抱きしめ合いたい。それしかないじゃないか」
ここに表れているのは、神秘的な一体感を希求するロマン主義である。彼にとっての日本は、あらかじめ失われている。その喪失による渇望が、古語となって表出する。
「HINOMARU」には「ひと時とて忘れやしない 帰るべきあなたのことを」という歌詞がある。「あなた」は、いまここにはない「幻影の日本」だ。そして、繰り返し使われる「御霊」という言葉。彼は、スピリチュアルな次元で永遠の日本と繋(つな)がろうとする。
「HINOMARU」の歌詞は、そのロマン主義的傾向こそが問題とされなければならない。これは戦前・戦中期の国粋主義の特質と重なる。「HINOMARU」は、稚拙な愛国ソングとして揶揄(やゆ)される以上の射程を含んでいる。戦争を憎み、平和を愛し、霊的なつながりを求める心性が、ロマン主義ナショナリズムと接続する。戦前の国粋主義も、絶対平和を希求する宗教的潮流から、日本原理が称揚され、民族の一体化が鼓吹された。
スピリチュアリティと愛国が結びつく現代日本の潮流を捉える必要がある。
(なかじま・たけし=東京工業大教授)

HINOMARU

HINOMARU

Yojiro Noda
@YojiNoda1
6月11日
Sincerely.

ラリルレ論

ラリルレ論

RADWIMPS衝撃の愛国ソング「HINOMARU」を徹底解剖する(辻田 真佐憲さん) - 現代ビジネス(2018年6月11日)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56060

HINOMARUに詫びる理由なし(小田嶋 隆さん) - 日経ビジネスオンライン(2018年6月15日)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/061400147/