ごり押し「働き方」法案 額に汗して働けない - 東京新聞(2018年6月29日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018062902000173.html
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「働き方」関連法案が成立する見通しだ。働く人の健康を守り待遇格差を是正する。そこに疑問と不安が残ったままでは、とても額に汗して働けない。
働き方の実情を知るため今月、スウェーデンを訪れた際、こんな体験をした。
ある研究機関の研究者に話を聞いていて一時間ほどたったころ、彼は「これから学童保育に子どもを迎えに行くのでこれくらいで」と場を後にした。時刻は午後四時半ごろ。子育てを退勤の理由として堂々と言える。
なにより、勤務時間を自身で調整できるような「裁量」のある働き方をしていた。この国の労働者はだれも残業はしない。仕事と生活の両立ができているようだ。

◆裁量のない働き方
国情はもちろん違うとしても、日本の「働き方」関連法案は働く側にとってどうか。
政府は、高度プロフェッショナル制度高プロ、残業代ゼロ制度)を働く本人が労働時間や仕事の進め方を決められる働き方だと説明してきた。だが、法文上、明確とはいえない。
政府の説明をうのみにできないのは日本では裁量のない働き方が大半だからだ。
欧米では猛烈に働く専門職はいる。能力が評価されれば高年収を得られるし、労働条件が合わなければ転職する。働く側の立場は弱くはない。
高プロは年収千七十五万円以上の人が対象だ。だが、収入が高いからといって自分で業務量を調整できるか、はなはだ疑問だ。
日本の会社の正社員はどんな業務でもこなし、どこへでも転勤する働き方が主流だ。業務の担当範囲が不明確なため次々と仕事を振られ過酷な長時間労働に追い込まれかねない。

◆対象者拡大する懸念
高プロとは労働時間規制から丸ごと外す働き方だ。行政の監視の目が緩みやすい。さらに労働時間の把握がされないことで労災認定が難しくなるとの懸念も指摘されている。
厚生労働省が約七千六百事業所を対象に行った監督では、約四割で違法な時間外労働があった。時間規制という“重し”がある今の働き方でも違法に長く働かせる例は潜んでいるだろう。
この状況での高プロ導入は、過労を増やし過労死を増大させかねない。
野党の質問もここに集中した。だが、加藤勝信厚労相はじめ政府側の答弁は、知りたい点を明らかにしたとは言い難い。この制度に対する最も根本的な疑問と不安は消えていない。
対象業務は金融ディーラーやアナリストなどに限定すると政府は言うが、これも疑問だ。
高プロは経済界が長らく導入を求めてきたものだ。経団連は同種の制度導入を求めた二〇〇五年の提言で対象を年収四百万円以上とした。これでは多くの人が対象になってしまう。経済界の制度導入への思惑は人件費抑制だろう。
経営者の皆さんに言いたい。
労働コストの抑制が生産性の向上策と考えていないでしょうか。本来なら人材育成に取り組み収益の上がる業務を追求し、業務量を減らして効率化を進めるべきではないか。無理でしょうか。
もちろん政府・与党の姿勢は批判を免れない。
経済界の意向を受けて高プロ創設が盛り込まれた法案が一五年に提示された際、当時の塩崎恭久厚労相が「(制度を)小さく産んで大きく育てる」と発言した。対象業務の拡大を想定したとして批判を浴びた。
過去には制度の対象を広げてきた例がある。労働者派遣法は、制度創設後拡大を続けた。製造業にも拡大され〇八年のリーマン・ショックでは「派遣切り」で失業者が出た。立場の弱い労働者が追い詰められてしまった。
制度ができれば、対象を広げたいというのが政府の考えではないのか。
一五年当時、高プロは批判されて法案は国会を通らなかった。
安倍政権は今国会で「働き方改革」を前面に出し、「長時間労働の是正」と非正規で働く人の「同一労働同一賃金の実現」を目玉に掲げた。

◆不誠実な政権の対応
批判されにくい政策を掲げる陰で、過労死を生むような高プロ裁量労働制の対象拡大を滑り込ませる手法は姑息(こそく)である。
首相は、高プロを批判する過労死の遺族との面会を拒み続けている。一方で、国会では数の力で法案成立を強行する。政策の責任者として不誠実ではないか。とても働く人の理解を得られる法案とは言えまい。
論点が多い八本の法案を一括提案し成立へごり押しした政府の責任は重い。