週のはじめに考える 日中「愛郷主義」の勧め - 東京新聞(2018年6月10日)

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長く凍(い)てついていた日中関係がようやく改善軌道に乗りました。さらに歩を前へ進めるため、民間知中派の「愛郷主義」の勧めに耳を傾けてみましょう。
五月に日本を訪問した中国の李克強首相は、安倍晋三首相との首脳会談で「今まさに波風が過ぎ去って晴天が現れ始めた」と述べました。関係改善へ真の晴天を取り戻す正念場です。何よりも、不信感の根にある歴史認識や領土の問題が両国関係を再び揺さぶることのないよう、日中の政治家には知恵を絞ってほしいと期待します。

◆「民をもって官を促す」
今年は一九七二年に国交正常化を成し遂げた両国が、「不戦の誓い」ともいえる平和友好条約を結んで四十周年の節目の年です。
隣国との関係を振り返ると、国交正常化に道をつけたのも、近年のような政治的にぎくしゃくした時代を下支えしたのも、地道な民間交流だったのです。
五〇〜六〇年代に、中国は米国などの封じ込め政策に苦しみました。当時の周恩来首相は「民をもって官を促す」という民間外交を提唱し活路を探りました。
日中間では六〇年代半ば、準政府間協定に基づく長期バーター貿易が始まりました。
中日友好協会長も務めた廖承志(りょうしょうし)氏と共産圏外交に尽力した経済人の高碕達之助氏が調印し、両氏の頭文字を取って「LT貿易」と呼ばれます。
これは、政財界人の連絡や新聞記者の相互派遣などの窓口の役目も果たし、国交正常化を実現する力強い底流となりました。
パンダブームに沸いた国交正常化の直後、日中相互往来は約一万人でした。今やその千倍近い人たちが互いの国を訪問しています。
政治の機能不全を支えてきた民間交流の役割は大変重要でした。交流を通じて個人的な絆を深めた人たちが日中双方にいます。
ただ、過去の民間交流は代表団の相互訪問や会談など、公的パイプに準じる形式重視の側面もありました。今後は多くの人たちが胸襟をひらいて相手を見つめ、真の相互理解につながるような民間交流に発展させることが肝要です。

◆解ける「反日」の先入観
民間交流の将来について、「愛国主義より愛郷主義で」と提唱するのが元上海三井物産社長の星屋秀幸・森ビル特別顧問です。
名古屋市で五月に開かれた東海日中関係学会の講演で、星屋さんは「偏狭な愛国主義は対立を生みます。それよりも日中双方の人たちが故郷の観光資源や郷土の味をアピールし、人と人が触れ合う交流を活性化させてはどうでしょうか。故郷自慢は日本人も中国人も大好きですよ」と提言しました。
確かに、「爆買いブーム」はヤマを越えた感があります。最近では、中国人観光客は日本を訪れると、健康に良い温泉、サービスの行き届いたゴルフなど、体験型観光を楽しむ傾向にあります。
日本各地の郷土グルメや名酒を楽しむ旅や、中国でも大人気の日本アニメの聖地巡りをする若者など、個人の嗜好(しこう)を最優先させる人が増えています。
こうした訪問は、日本と日本人の本当の姿を知ってもらう好機です。人口減による元気のなさに悩む日本の地方にとっては、「愛郷主義」で中国人観光客を呼び込むチャンスであるともいえます。
中国政府は九〇年代、「愛国=反日」とする愛国教育を進めました。残念ながら、日本をその目で見たことのない中国の若者には歪(ゆが)んだ日本観も残っています。
名古屋では毎年、「中国春節旧正月)祭」が開かれます。今年で十二年目を迎えた日本最大の春節祭です。日中十四万人余が交流を続ける光景を目にすれば、「反日」の先入観も解けていくに違いありません。
「愛郷主義」の勧めは、要は「国と国」の前に「人と人」であると説くものではないでしょうか。
星屋さんは、日本の若者にも提言しました。「中国=発展途上」という先入観を排し、等身大の中国を見つめようというのです。

◆「中国=発展途上」ですか
中国が一人当たり国内総生産(GDP)などの指標で発展途上国なのは事実です。しかし、星屋さんは「中国が後発国の優位性を活用し、一気に世界の最先端に“かえる跳び”した分野にも目を向けるべきです」と指摘します。
中国のネット人口は七・五億人、スマホ決済は六百六十兆円と日本のGDPを超えます。上海の女子大生は「上海は東京より進んだキャッシュレス社会です」と、故郷自慢します。日本の若者も見てきたらどうでしょうか。
首脳会談では「人的、文化的交流を深め、より多くの国民感情の距離を縮めよう」との認識で一致しました。「愛郷主義」は距離を縮めるアイデアの一つでしょう。