(風知草)注目の結末=山田孝男 - 毎日新聞(2018年5月21日)

https://mainichi.jp/articles/20180521/ddm/002/070/084000c
http://archive.today/2018.05.20-222814/https://mainichi.jp/articles/20180521/ddm/002/070/084000c

財務省は、公文書改ざんを捜査中の大阪地検の結論を待ち、月内にも責任者を処分するという。
地検は不起訴と決めたらしく、その報道が世論の憤激を誘っている。
不起訴ならなおさら、財務省は自らを厳しく律するべきである。百戦錬磨の麻生太郎副総理兼財務相が道筋をつけ、自ら退く最後の機会が迫っている。

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改ざんをめぐり、検察は公文書偽造罪(刑法155条)などの適用を検討したが、断念したという。改ざんの箇所が文書の根幹ではなく、付随的記述(経過説明)に過ぎないから−−という理由らしい。
法律の限界を説く専門家の解説を聞いて納得する人は少ないだろう。
本質的な問題は法律を超えた次元にある。
国政情報を独占する行政府が、国民の代表が集う立法府を欺いていた。<三権分立>という憲法原理の根幹を崩す逸脱が、「一般法の限界」を盾に守られるはずもない。
73年間の戦後民主主義を培った日本で、強い首相と官僚の優位が確立し、国会は追認機関に成り下がってしまった。ゆがみを正すために財務相がなすべきことは二つしかない。
「不起訴だから軽い処分で」とはゆめ思わず、「不起訴だからこそ厳罰で」臨むこと。「不起訴だから大臣続投」ではなく、「不起訴だからこそ辞任」のけじめを、身をもって明らかにすることである。

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厳罰とは何か。
国民から見て分かりやすいのは、やはり退職金だろう。セクハラ疑惑で辞めた前財務事務次官の場合、5300万円。減給20%、6カ月相当の処分で多少引かれ、幕が下りた。
公文書改ざんのキーパーソン、前国税庁長官は5000万円で未払い。「不起訴だから」と数十万円程度の減額でお茶を濁すような結末では、国民の怒りが収まるはずがない。
憲政史を汚した大失態が退職金の削減幅次第で償えるとは思わないが、原因究明、対策提示、大臣の進退と組み合わせ、国民に財務省の真剣さを伝える踏み込みは必要だろう。
財務省は厳しい処分をしないんですよ。身内に甘い。身内をかばう気持ちが非常に強いですね、あそこは」という他省OBの声も紹介しておく。

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明治維新に先立つこと8年前の1860年、桜田門外の変井伊直弼(なおすけ)が暗殺された後、幕府は井伊の存命を取り繕う虚偽の公文書で1カ月しのいだ。
「井伊の首(浪士が携えて市中を歩いた)を民衆が見ていたのに偽りの文書を出し、幕府が信用を失って倒れるきっかけとなりました。見えているものに対してうそをついたら、政権は短命化する」
磯田道史国際日本文化研究センター准教授の指摘である(朝日新聞4月25日朝刊「耕論」)。
加計(かけ)学園の問題も、元首相秘書官と自治体職員の面会が争われ、「将棋で言えばとっくに詰んじゃってるのに(首相側が)『参りました』と言わぬだけ」(霞が関OB)の状態が続いている。
幕末、井伊の生存を装った幕府をあざける落首、川柳、俗謡がはやった。
森友、加計の政府答弁を聞かされる現代人の気分に通じるものがあろう。
この気分は米朝交渉緊迫で抑えられているが、9月の自民党総裁選を左右する底流に違いない。=毎週月曜日に掲載