<金口木舌>紙の力 - 琉球新報(2018年5月13日)

https://ryukyushimpo.jp/column/entry-717726.html
http://archive.today/2018.05.13-021513/https://ryukyushimpo.jp/column/entry-717726.html

携帯電話の電源が入った瞬間、女性は思わず「あっ」と声を上げた。画面では双子の赤ちゃんが笑っていた。母親は何度もハンカチで目頭を押さえた

KDDI沖縄セルラーが使えなくなった携帯の写真データを復活させ、印刷して渡すイベントを那覇市で開いた。企画したKDDIの西原由哲さんの印象に残ったのは、福岡県で音声データを戻したことだ
▼亡くなった母親の留守電が残る女性の携帯を4時間かけて復活させた。「保険の人から書類が来ています」。たわいもない内容だが、9年ぶりの声が記憶を呼び起こし、女性の涙は止まらなかった
▼1917年に沖縄を訪れた英国人アーネスト・H・ウィルソンは59枚の写真を残した。1枚に写る男性の身元が4月に判明し、話題を集めた。男性は沖縄戦で亡くなり戸籍も失われていた。生前の姿を知る人は写真で記憶をよみがえらせた
▼冒頭の女性の赤ちゃんは今3歳。0歳の頃の写真がなく、母親は携帯を駄目にしたことを悔やんでいたという。今はスマホで簡単に撮影や録音ができる。その一つ一つがかけがえのないものだ
▼思い出を残すためにほかの記録媒体に保存することも必要だ。新聞に関わっているからではないが、紙の力も信じたい。ウィルソンが100年前の記憶を写真でよみがえらせ、写真データが復活してそのプリントを手に笑顔が広がったように。

信じたい。ウィルソンが100年前の記憶を写真でよみがえらせ、写真データが復活してそのプリントを手に笑顔が広がったように。