予算消化へ不妊手術推進 旧厚生省が57年、自治体に要請 - 東京新聞(2018年5月6日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201805/CK2018050602000147.html
https://megalodon.jp/2018-0506-0948-56/www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201805/CK2018050602000147.html

優生保護法(一九四八〜九六年)下で障害者らに不妊手術が繰り返された問題で、旧厚生省が五七年、予算上の目標に届いていないとして、各都道府県に手術の実施件数を増やすよう求める通知を出していたことが分かった。独自に目標件数を掲げるなどしていた道府県もあり、国や自治体を挙げて不妊手術を推し進めていた姿勢が改めて浮き彫りになった。
通知は五七年四月、厚生省公衆衛生局精神衛生課長が各都道府県の担当者に宛てたもの。優生手術の実施件数は年々増加していると前置きしつつも「予算上の件数を下回っている」と懸念を示している。
その上で、遺伝性の精神疾患などを対象とした旧法四条に基づく五六年の都道府県別の手術件数を一覧表で示し、「比較してみると、極めて不均衡だ」と都道府県の間で差があることを指摘。「関係者に対する啓蒙(けいもう)活動と貴職の御努力により相当程度成績を向上せしめ得られるものと存ずる」などと積極的な手術を求めていた。
一覧表では、最多が北海道の三百十二件。岡山百二十七件、大分百十一件と続いた。最少は千葉、秋田など八県のゼロ件だった。千葉を除く関東では、栃木四十三件、東京四十件、埼玉三十件、神奈川七件、群馬、茨城一件。
北海道は強制手術の件数が全国最多とされ、九六年度まで事業方針に手術目標や予定人数を掲げ続けたことが判明している。
一方、厚生省の通知に先立ち、積極的な手術を促していた自治体も。京都府は五五年一月、各病院長に宛てた文書で、手術の適否を判断する優生保護審査会への申請が極めて少なく「精神障害者は年々増加傾向にあり、憂慮に耐えない」と指摘。「不良な子孫の出生を防止し、社会福祉に貢献していただきたい」と求めた。申請は医師に委ねられていた。大阪府兵庫県では相当数の手術が行われているとも付け加えていた。
さらに、七七年六月の三重県優生保護審査会の議事録では、病院側の対応を念頭に、優生手術の申請が少ないことを問題視したとみられる発言もあった。委員の一人が「指導の方法にあるのではないか。東北では申請が多く出る」と述べていた。
◆低い実績に圧力か
立命館大大学院の松原洋子教授(生命倫理)の話> 統計では一九五〇年代半ばに優生手術の件数が伸びており、旧厚生省の通知が出た五七年には国の予算も増加していたとみられる。予算を消化するため、都道府県別のデータを示し、実績の低い自治体にプレッシャーをかける狙いがあったのではないか。積極的な手術を指導した国に一義的な責任がある一方、独自の取り組みで手術を推進した自治体の責任も大きい。現在、各都道府県に相談窓口が設けられているが、被害実態を解明するとともに、今後の支援に向け、長年苦しみを抱えてきた当事者が声を上げやすい環境を整えるべきだ。
<旧優生保護法> 1948年施行で、ナチス・ドイツの「断種法」の考えを取り入れた国民優生法が前身。知的障害や精神疾患、遺伝性疾患などを理由に本人同意がない場合でも不妊手術を認めた。聴覚障害者らも対象に含まれていた。49年や53年の旧厚生省通知は身体拘束や麻酔使用、だました上での手術も容認。障害者らへの不妊手術は約2万5000人に実施され、うち約1万6500人は同意がなかったとみられる。4条に基づく不妊手術については、費用を国の負担としていた。96年に障害者差別や強制不妊手術に関する条文を削除、「母体保護法」に改められた。同様の法律により不妊手術が行われたスウェーデンやドイツでは国が被害者に正式に謝罪、補償した。