日本が「インフレになるはずがない」根本理由 アトキンソン氏「ペスト時の欧州に学ぶべき」 - 東洋経済オンライン(2018年4月20日)

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私が生産性向上の必要性の話をすると、同じ内容の反論が必ず上がります。それは、インフレ派の人たちの「量的緩和をすれば、デフレが解消されて物価も上がる。その結果、生産性は自動的に上がる。今、日本がせっかくいいものをつくっても安くしか売れない『高品質・低価格』の状況に陥ってしまっているのは、日銀の政策の失敗の結果だ」というものです。

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私はこの意見も間違っていると思います。人口が激減する日本では、物価はそうやすやすとは上がらないのです。
今後数十年、日本では比較的短い間に人口が激減してしまいます。このような例は、人類の経験してきた歴史上には存在しないと思われがちですが、実はあるのです。
それが、1348年から始まった黒死病、ペスト大流行の時代の欧州です。ペスト流行の後、30年ほどで、欧州では生産年齢人口を中心に人口の約半数が亡くなり、社会は激変し、社会制度が根っこから崩壊しました。
日本も2060年までに、2015年比で生産年齢人口の約43%が減ると予想されていますので、ペスト大流行時の欧州と似た状況になります。650年以上前のこととはいえ、欧州での出来事は日本の未来を占う上で、きわめて多くの示唆に富んでいると言えます。
ペスト大流行で人口が大幅に減ってしまった結果、欧州の資本家(領主)は大打撃を受けました。ペストが起きる前は、労働者の供給が過剰だったため、労働者は立場が弱く、資本家に服従するしかありませんでした。献身的に一所懸命働く一方、何かを要求するわけでもなく、耐え忍んでいました。何か、今の日本人の労働者に似ていないでしょうか。
しかし、ペスト流行の後、農業を営む人間が足りなくなってからは立場が逆転し、彼らの性質も様変わりしました。
この時代から自営の農家が誕生します。耕す人が少なくなったため、地主は農地を貸すようになり、固定の地代をもらうだけになりました。農家の努力によって増えた利益は農家自身のものになったため、地主である貴族の収入は減りました。1347年から1353年までの間だけでも、英国貴族の収入は2割減ったと言われています。

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資本家の苦境とは対照的に、労働力不足になったため、労働者の労働条件は劇的に改善しました。それを最も顕著に示しているのが、収入の増加です。人が減っても社会資本は減らないので、人々の可処分所得は劇的に増えました。人口が減りだしてから最初の10年だけを見ても、男性労働者の年収は1.8倍に増え、40年後には2.1倍に上昇しました。同時期、女性の年収も1.8倍と2.5倍に上昇しました。
では、この時代の労働者は激しいインフレに苦しめられたのかというと、まったくそんなことはありませんでした。オックスフォード大学の研究によると、労働者の収入が激増したこの時代、物価水準はほぼ横ばいであったことがわかっています。
物価がかわらず、収入が2倍以上に増えたのですから、実質賃金が大きく増えたことになります。まさに、人口減少が「労働者の黄金時代」をもたらしたのです。
賃金が上がっているのに、なぜ物価指数が上がらなかったかというと、需要者が少ない中で賃金が上がったので、今まで消費していたものではなく、より付加価値の高いものを消費するようになったからです。簡単に言えば、昨日まで古着を着てパンを食べ、ビールを飲んでいた人が、今日から正絹を着て肉を食べ、ワインを飲むようになったということです。
雇用側も人手をかけずに商品とサービスを提供するしかないので、イノベーションが進みました。