(筆洗)ホセ・アントニオ・アブレウさん - 東京新聞(2018年3月29日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2018032902000146.html
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「現代における最悪の病は、誰からも求められず、見捨てられているという感情だ」と言ったのは、マザー・テレサだ。この現代の病を、音楽の力で癒やそうとした人がいる。先日、七十八歳で逝った南米ベネズエラホセ・アントニオ・アブレウさんだ。
ベネズエラでは、多くの子どもたちが貧しい地区で暮らし、誰からも期待されず、自らも何の希望も持てぬまま、非行に走っていた。そんな子どもたちのために彼はオーケストラをつくったのだ。
無料で誰でも学べる「エル・システマ」という音楽教育の仕組みを国中に広め、とにかく子どもに楽器を持たせ、合奏させた。
下手でもいい。ちょっと弾けるようになった子が、できない子を教える。音楽が響き出せば、たとえ拙くとも、子どもたちはそこに自分が必要とされる場所を見いだす。そういう試みだ。
そうして生まれた音は世界を驚かせた。心の底から音楽を楽しみ、生きがいを見いだした子どもらが奏でる新鮮な調べは、超一流の音楽家たちをも魅了し、そのオケ「シモン・ボリバル交響楽団」は、欧米で最も切符が取りにくいオケの一つとなった。
二十世紀を代表する名指揮者フルトベングラーは「感動とは人間の中にではなく、人と人の間にあるものだ」と語ったそうだが、アブレウさんは、人と人とを音楽でつなぐことで、感動の調べを世界に響かせたのだ。