(筆洗)過去の「悪夢」を問い直すことは、未来に向け生命の倫理を考える礎となる - 東京新聞(2018年2月2日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2018020202000137.html
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すべてのゲノムを、ワープロで文章を編集するように書き換えられる画期的な遺伝子編集技術を発見したジェニファー・ダウドナ博士は、こんな夢を見たことがあるという。
研究について説明を求められ、ある部屋に入ると、そこにはブタの顔をしたヒトラーが座っている。彼は博士の顔を見つめながら言う。「君が開発したすばらしい技術の利用法や意義をぜひとも知りたいのだよ」(『クリスパー』文芸春秋)。
ヒトラー率いるナチスドイツでは「民族の遺伝的健康の保護」を名目に「断種法」が制定され、精神障害のある人ら数十万人が不妊手術を強制された。ドイツは一九八○年代から強制手術の被害者に補償をするなど過去と向き合ってきたが、「断種」を戦後も長く続けてきた国がある。日本だ。
<優生上の見地から不良な出生を防止>とうたった優生保護法が四八年に制定され、九六年に母体保護法と改められるまでの間に、障害などを理由に不妊手術を強いられた人は、一万六千余。
二十年前から実態調査や補償を求める声が国内外から上がっていたが、政府も国会も動かず、被害者が国に損害賠償を求める裁判を起こした。
それは被害者のためだけの裁判ではないだろう。遺伝子編集で「遺伝的健康」を操作しうる今だからこそ、過去の「悪夢」を問い直すことは、未来に向け生命の倫理を考える礎(いしずえ)となるはずだ。