(余録)若き日の芥川龍之介が耳にした奇談を書きとめた… - 毎日新聞(2018年1月31日)

https://mainichi.jp/articles/20180131/ddm/001/070/196000c
http://archive.today/2018.01.31-003853/https://mainichi.jp/articles/20180131/ddm/001/070/196000c

若き日の芥川龍之介(あくたがわ・りゅうのすけ)が耳にした奇談を書きとめた「椒図志異(しょうずしい)」に「影の病」という話がある。ある人が自分の部屋で机に伏している自分の姿を見た。よく顔を見ようと近寄ると、それはすぐ走り去って消えた。
そう、影の病とは自分の姿を自分で見るドッペルゲンガーのことである。芥川は自死にいたる晩年、自分の身に起こったドッペルゲンガーについて語り、小説「歯車」では自分の分身があちこちで知人らに目撃される話を書いている。
何とも不吉なドッペルゲンガーである。ならばソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で自分のアカウントやプロフィルが勝手にコピーされて有名人のフォロワーになり、自動的に「いいね」を送っていたらどうだろう。
英BBCのウェブサイトによれば、米国で他人の身元を盗み、SNSユーザーに大量の偽フォロワーを販売したとされる会社への捜査が始まるという。偽フォロワーを買っていたのは俳優や起業家、政治評論家らの著名人たちだった。
当の企業は違法行為を否定したが、今や恐るべきはSNSのフォロワー数が持つ影響力である。偽フォロワーを金で買えるなら支払いは惜しまぬという向きが多いのは間違いない。ドッペルゲンガーで「世論」は作れるという次第だ。
実際、米国のケースではリベラル派も右派も世論の支持を装うのに偽フォロワーを利用していた。いやはや当人の知らぬ間に分身がせっせと影響力のペテンに奉仕させられるネット社会の「影の病」である。