若竹さん芥川賞 おらだっていけるかも - 東京新聞(2018年1月30日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018013002000168.html
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第百五十八回芥川賞を受けた若竹千佐子さんは、これまでにない受賞者だ。受賞作「おらおらでひとりいぐも」の上を行くような、若竹さんの第二の人生に、希望を見いだす人は恐らく少なくない。
主人公は、三十年連れ添った夫と突然、死に別れ、長い“余生”を持て余してきた、七十四歳の“桃子さん”。母との確執、飛び出してきたふるさと東北、自分と母との関係が遺伝してしまったような、わが娘との微妙な関係、ほれぬいた亡夫への深い思慕…。本音を独白するたびに現れる東北弁は、懐旧と後悔の表れか。
そんな彼女が自らを根底から変えようと、戸惑いながら自立への扉をたたいて叫ぶ。
「おら、いぐも。おらおらで、ひとりいぐも」
もともとは宮沢賢治の詩「永訣(えいけつ)の朝」の一節だ。「私は私で独り逝(ゆ)くから」。早世した賢治の妹トシが末期に残した言葉である。それを作者は、新しい人生に向き合う決意の言葉に反転させた。
作者自身が色濃く投影された、受賞作である。
若竹千佐子さん。六十三歳。新芥川賞作家。史上二番目の高齢受賞。しかし、七十五歳の最高齢で受賞した黒田夏子さん(第百四十八回)には、二十六歳ですでに文学賞の受賞歴がある。
黒田さんまで最年長、六十一歳だった森敦さん(第七十回)は、二十二歳で新聞に連載小説を書いていた。二人とも、若くして「小説家」になっていた。
若竹さんの場合は違う。作品同様突然夫に先立たれ、五十五歳で生涯学習センターの小説講座に通い始めたのがスタートだった。デビュー作での栄誉である。
やがて人生百年とか。激変する生活環境の中で、自らの長い“老後”に向き合い、付き合っていかねばならない時代になった。
第二の人生とは言うものの、見る夢は極めて限られる。
五十路(いそじ)半ばで、プロ野球選手やプロ棋士をめざすのは非現実的。五輪も相当難しい。だが、芥川賞作家にはなれるのだ。
「人生百年時代」の新芥川賞作家。なぜだろう。若竹さんの快挙にはむしろ、“最年少”のみずみずしささえ感じてしまうのだ。
「おらおらで、ひとりいぐも」−。いくつになっても、ふるさとを離れても、それぞれのお国言葉で、そうつぶやいていいのである。“桃子さん”の人生に、自分自身を重ね合わせて。