ため口の生徒、一喝したいが躊躇 第5景・教育(2) - 福井新聞(2018年1月28日)


http://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/287376

学校現場が萎縮している、と福井市の公立中に勤務するベテラン男性教師(58)は訴える。
「先生が『バカ』なんて言うていいんか? 教育委員会に言うぞ」
騒がしさを注意された生徒の一部が、インターネットから得たであろう情報をちらつかせ、同級生と話すような「ため口」で教師に迫る。一喝したいが、保護者や市教委の存在がよぎり躊躇する。そんな光景が当たり前のようにあるという。
同市の20代の教師は池田中の男子生徒自殺の調査委員会報告書に戸惑う。大きな声で叱る。忘れた宿題を何度もやらせる。自殺の要因に挙げられた点は、普段やっている指導と変わらない気がしたからだ。
「大声を出さず、一人一人の心情を思って…」。頭では理解できるが、それで授業中に騒がしい生徒や、意図的に宿題をやらない生徒は変わるのか。手に負えない生徒を見るたび疑問が浮かぶ。

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福井市教委には毎年120件前後、保護者からの「訴え」が直接届く。「学校で受け止めているものを加えればもっと多い」(市教委)。
同市の中学校に勤める50代後半の校長は「学校に対する批判、非難の声が強すぎないだろうか」と考えている。「教師が“聖職”と呼ばれていたころは、学校で問題が起きると、親御さんはまず子どもたちが何をしたかを確認してくれた」。今は教師の言動だけを切り取って、あげつらうかのようなケースが少なくないと感じる。
福井市の50代の女性教師も「能力のある先生が、親とのトラブルに悩んで疲弊していくケースを何回も見てきた」と話す。
正しくても生徒に強く言えない先生、騒いで注意されても謝らない生徒、過ちを犯した子を怒れない親…。現場教師の話からは、かつてと一変した3者の姿が浮かび上がる。
校長や女性教師らベテランは「親御さんが学校と一緒に考えてくれれば、子どもは期待以上の成果を出す」と強調する。逆だと子どもが抱える問題は解決せず、むしろ悪化するという。

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「問題を抱えた生徒1人をなんとかしようとすると、クラス全体を見ることはできない」
福井県内の40代教師は言う。目標だった中学校教師になって20年余り。クラス担任以外に、校務では主に生徒指導を任されてきた。
新人のころは、指導のやり方が分からず、生徒の心をつかんでいそうな先輩をまねた。あえて生徒を怒鳴るような指導を取り入れたときは「あっという間に生徒が離れていった」という苦い経験もした。
学校を何度か移り、失敗したり、うまくいったりを繰り返し、自分なりに生徒と向き合うスタイルができた。
何人か問題を抱える生徒に出会った。授業の途中で教室を抜け出し喫煙する。他校の生徒にけんかを売る。そのたびに生徒を追いかけ、授業は「自習」。警察からの連絡に応じたり、けんかの相手先との話し合いに出向いたり、保護者と面談したり。「1人に向き合うだけで相当の時間とエネルギーがいる」
保護者が頼りにする「担任の先生」だが、さまざまな考え方、個性を持つ30人の子どもの“全て”を受け持つのは困難、というのが20年の経験を経た今の正直な思いだ。