「警察だけど、分かるよね」“暴君”と呼ばれた少年 野球を諦め荒れる日々 - 沖縄タイムズ(2018年1月19日)

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/194523
https://megalodon.jp/2018-0121-0958-12/www.okinawatimes.co.jp/articles/-/194523

◆青葉のキセキ−次代を歩む人たちへ−(4)第1部 立ち直り 大二 支援の道へ(上)
北谷(ちゃたん)の暴君−。非行に走る子どもたちの立ち直りを支援する団体「HOME(ホーム)」の代表を務める仲座大二(だいじ)(26)の、少年時代の呼び名だ。
小学生の頃は野球少年だった。2番ショートを任され、俊足好守を生かして先輩の試合にも抜てきされた。だが、打撃が大の苦手。打てない悔しさで、泣きながらバットを振った夜もある。チームのコーチだった父と一緒に、バッティングセンターにも通い詰めた。
それでも、思うように結果を出せない。強豪チームの中で次第に同級生に追い付かれ、そして抜かれた。「こんなに努力してるのに」。劣等感に押しつぶされた。
野球を続けるか悩んでいた6年の頃、2歳上の兄が友達とたばこを吸っている姿を見た。「かっこいい。野球と勉強以外で目立てるのはこれだ」。次第に冷め始める野球への情熱。
中学の野球部に入ってもやる気が出ない。2カ月後、練習態度に怒った顧問と取っ組み合いの大げんかに。「もうやめる」とグローブを放り投げた。かつて応援してくれた父も、熱意を失った息子を止めようとはしなかった。
授業にあまり出なくなり、学校では悪さばかりを繰り返した。職員室に花火を投げ込んだり、備え付けの消火器を体育館にまき散らしたり、同級生や後輩に暴力を振るったり…。喫煙がばれ、親が学校に呼び出されたのは多い時で週8回。その度に母は頭を下げ、自分を怒鳴りつけた。家に帰ると、事情を知った父に殴られることもあったが、聞く耳は一切持たなかった。
高校はすぐに自主退学。母に「辞めるな」と言われても、意に介さなかった。中退後、のり面工事の仕事を始める傍ら、バイクに乗って暴走を繰り返すようになったのはこの頃だ。
17歳になる直前の七夕の夜。先輩や同級生と暴走した帰り道、パトカーに追跡された。浦添市から沖縄市まで必死に逃げ回る。「怖い。でも引こうにも引けない」。細道に入り、何とか振り切った。後日、先輩が逮捕されたと聞き「俺も捕まるはずな」と覚悟した。
出勤の準備をしていた11月の朝5時半ごろ、突然家の電話が鳴る。「警察だけど、何の件か分かる?」。とっさに逃げようとして玄関のドアを開けると、門の前には複数の警察官が待ち構えていた。
突き付けられた逮捕令状。警察官から説明を受けた母は、玄関先で泣き崩れた。その姿を見ても「いつ出られるかな」。それしか頭になかった。=敬称略(社会部・新垣卓也)