<憲法を見つめて 九条の周辺>(上)岩国 膨らむ基地標的の不安 - 東京新聞(2018年1月1日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201801/CK2018010102000117.html
http://web.archive.org/web/20180101040803/http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201801/CK2018010102000117.html

平和や憲法が問われる年が明けた。自民党改憲案を国民に提案するシナリオを描く。その本丸は戦争の永久放棄を掲げた九条。海外で武力を使えるようになった自衛隊を明記する。改憲は必要なのか。急ぐべきなのか。岩国、沖縄、広島で、九条が守る平和を考える。
「おれ、ミサイル飛ばすけぇ」
男の子らがそう言って跳びはねるミサイルごっこを始めた。昨秋、北朝鮮からの着弾に備えて避難訓練をした後だ。その山口県岩国市の保育園は米軍岩国基地のそばにある。
基地は昨年、北朝鮮のミサイル発射で仮想の標的にされたとみる識者もいる。殴り込み部隊といわれる海兵隊のステルス戦闘機が訓練で、朝鮮半島へ向かう。岩国空襲を語り継ぐ会の森脇政保(まさやす)(84)によれば、米軍機は岩国の名勝、錦帯橋(きんたいきょう)の上空を通るという。
反りの美しい木造橋。朝鮮戦争の始まった一九五〇年、基地を出た爆撃機が橋近くの家に墜落し、市民三人が犠牲になった。「今も昔も朝鮮への行き帰りのコース。岩国は朝鮮を向いた基地じゃけえの」
基地は国が騒音軽減を約束し、沖合移設した。ところがこの半年で厚木基地(神奈川県)から空母艦載機が一気に移転し、爆音はやまない。先月にはついに計百機を擁する極東最大級の航空基地と化した。
「私たちが犠牲になってもいいのか」と元市長の井原勝介(かつすけ)(67)は声を荒らげる。「安倍晋三首相は米軍と一体化を進め、圧力一辺倒。この姿勢が続けば基地は抑止力だけでなく、攻撃される危険性もさらに高まる」

市長だった二〇〇六年、住民投票で艦載機移転への賛否を問うと、反対票が87%で圧倒した。しかし、山口が地元の安倍首相は当時、官房長官で「米国との合意内容だ」と発言。国は計画を押し通した。
負担増への見返りは大きい。国が市に出す防衛関連の補助、交付金は二〇一七年度だけで百十四億円に上る。JR岩国駅前のカレー店は売り上げの三割が米軍関係者。チキンの大盛りと激辛が人気だ。商店街の役員、藤田信雄(54)も「岩国は基地と共存してきた」と米兵を歓迎する。小学生のころは基地内で米兵の子らと野球も楽しんだ。
主婦の桑原千佐恵(ちさえ)(68)はそうした恩恵を感じていない。午前零時すぎの爆音に眠れず、「岩国の人はおとなしいけん。沖縄みたいに、よそからも来て反対してもらえんかね」。
米軍機はたびたび自衛隊機と共同訓練をし、基地では自衛隊が迎撃ミサイルの機動展開訓練もした。そうした状況で安倍首相は改憲を目指す。憲法九条は一、二項で戦争放棄と戦力の不保持、そして交戦権の否定をうたうが、安全保障関連法は集団的自衛権の行使を認めた。任務が変質したその自衛隊を新設する三項に明記する加憲案だ。
語り継ぐ会の森脇は「自衛隊が米軍の下請けで動員される道を保障することになる」と危ぶむ。
今、錦帯橋世界文化遺産に推す動きが岩国ではある。実は朝鮮戦争のさなか橋は台風で壊れ、流失した。米軍が滑走路拡張に使うため河原から大量の砂利を採ったのが一因とされる。
一方、護憲派から「世界憲法に」と掛け声もある九条。「加憲すれば九条は根元から壊れる」と元市長の井原は言う。「米国と一緒に他国を威嚇し、攻撃され、戦争に巻き込まれるリスクも増すような日米安保体制の強化と加憲がいいのか。国民的議論をすれば、従来の専守防衛の考え方が支持されると私は信じる」 (文中敬称略、辻渕智之)

◆厚木から艦載機移転 極東最大級の航空拠点に
米軍岩国基地には昨年十一、十二月、FA18スーパーホーネット戦闘攻撃機など海軍の空母艦載機約三十機が厚木基地から移転。残る約二十四機の移転が今年五月ごろまでに完了すると所属百二十機を超え、嘉手納(かでな)(沖縄県)を抜いて極東最大級の航空基地となる。海上自衛隊も共同使用する。
艦載機の母艦は横須賀基地(神奈川県)を拠点に活動する原子力空母ロナルド・レーガン。艦載機は空母が横須賀に入港する際、岩国に飛来し、出港後に空母に戻る。岩国はもともと、海兵隊の航空部隊基地で輸送機オスプレイもよく飛来する。昨年十一月には離陸したC2輸送機が沖ノ鳥島沖で墜落した。
監視を続ける田村順玄(じゅんげん)・岩国市議(72)は「朝鮮半島に向かうのにも、沖縄や本土間で移動するのにも、岩国は中継で使うハブ拠点と化し、騒音も危険性も高まっている」と指摘する。