記者の目 NHK受信料 最高裁「合憲」判決 自ら「公共性」の意義示せ=犬飼直幸(東京学芸部) - 毎日新聞(2017年12月20日)

https://mainichi.jp/articles/20171220/ddm/005/070/006000c
http://archive.is/2017.12.20-001502/https://mainichi.jp/articles/20171220/ddm/005/070/006000c

テレビがあると、なぜNHKに受信料を払わないといけないのか−−。疑問を持ったことがある人は少なくないだろう。1950年にNHKが「公共放送」として発足して以来、長く議論されてきた問題に、最高裁が6日、決着をつける判決を言い渡した。放送法に基づく受信料制度を合憲として、テレビを持つ人の受信契約や支払いに法的義務があるとする初判断を示した。
この判断自体は、地裁・高裁で同様の判決が続いていただけに、予想の範囲内だった。むしろ、放送を担当する記者として、判決前に学者や政府関係者らと注目していたのは、最高裁が大法廷まで開く以上、NHKだけに特権的な受信料徴収が許される理由について、そのよりどころとなる「公共性」の中身まで踏み込んで説明するのではないか、ということだった。
しかし、最高裁が示した合憲の理由付けは、受信料を財源とする公共放送と広告収入で賄う民放による「二元体制」の中で、NHKには「国民の知る権利」などに貢献する目的があるとしただけだった。これは大事な使命だと思うが、民放にも当てはまる役割だし、具体的内容にも触れず、正直言って拍子抜けした。若者らの「テレビ離れ」に伴ってインターネットでの視聴が進む時代に、NHKが事業拡大を図るネットでの「公共性」への言及もなく、総じて現状の追認にとどまった。では、6769億円もの巨額の受信料(2016年度)を徴収し得る根拠としての「公共性」とは何だろうか。

自主自律の報道、実態に疑問多く
そもそもNHKの目的は、放送法に「公共の福祉のために、あまねく全国で受信できるように豊かで良い番組を放送する」と記されている。NHKは、財源が税金でも広告収入でもなく、視聴者からの受信料だからこそ、特定の利益や視聴率に影響されずに政府から独立した「公共放送」として、「公平公正の報道機関の役割を果たせる」と説明しており、最高裁も同様の認識を示した。
ただ、NHKの上田良一会長が11月の記者会見で「公共性」について「いろんな解釈がある」と話したように、「NHKの存在意義は何か、国民的な合意はできていない」(幹部)状況だ。
例えば、法務省が4月に最高裁に出した意見書では、合憲の根拠として、NHKの災害・有事放送の意義を挙げた。災害や有事の際の放送義務は民放にも課されており、政府やNHK内からも「放送法には、NHKが文化の向上に努めることなども書かれているのに、役割を狭め過ぎだ」と疑問の声が上がった。
公共性を保ち続けるには自主自律が必要であり、時に権力に対する手厳しい批判も求められる。この点、NHKが役割を果たしているかは疑問だ。6月には安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人「加計学園」の獣医学部新設問題を巡り、前川喜平・前文部科学事務次官が「最初にNHKにインタビューされたのに放送されない」と明かすなど、政権への配慮があったのではないかと指摘された。
NHK予算は国会承認が必要で、経営委員や会長の人選について総務相経験者は「実質的に政府主導」と明かす。首相側近も人選に関与した籾井(もみい)勝人前会長は、外国向け放送について「政府が右といっているものを左というわけにいかない」と話すなど政権寄りの言動が目立ち、トップ自ら「自主自律」への不信を招いた。視聴者である市民に沿う顔を見せながら、予算承認などで政権与党にも配慮せざるを得ない構造を抱え、NHKの姿勢や役割が分かりにくい原因になっている。番組面でも民放との視聴率競争を意識した内容や編成が目立つ。

ネット事業などで「肥大化」懸念も
最高裁判決での受信料制度の合憲性の根拠付けはあいまいだが、NHKの役割として、災害・有事での「狭義の公共性」よりも幅広い価値を認めようとした。受信契約についても「申込書が届いただけで成立する」とのNHKの主張は退け、未契約者に「公共放送」の意義を説明しながら承諾を得るのが基本とした。私は、NHK自身が視聴者の信頼を得る努力の中で、不断に「公共性」を錬磨せよとのメッセージととらえた。
上田会長はネットも活用した「公共メディア」への進化も見据え、来年1月に議決される18〜20年度の経営計画で「公共放送の価値を定義したい」との意向を示す。
受信料収入は3年連続で過去最高を更新しているが、値下げはしない方向だ。「公共メディア」の柱として19年度開始を目指す番組のネット常時同時配信の実現などに使うためだという。しかしネット事業の収益化に苦労する民放は「NHKに採算度外視で乗り出されると『二元体制』が崩れかねない」と警戒する。
私自身は、「国民の知る権利」に応えるべきNHKの報道機関としての実践に不満はあるが、Eテレのような教育番組は民放では見られないし、大河ドラマなども見るので受信料を払う。しかし、納得のいかない人も多いと思う。「肥大化」の懸念も強まる中、NHKが説得力のある「公共放送」の在り方を示せるかが問われており、今後も取材を通してチェックしたい。