木村草太の憲法の新手)(70)生活保護基準改定 切り下げは生存権を侵害 - 沖縄タイムズ(2017年12月17日)

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/185054
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2018年は、5年ごとに行われる生活保護基準改定の年だ。この連載でも指摘したように、13年に実施された基準改定では、(1)物価下落率の計算が不当に操作されたこと(2)生活保護を受けていない一般世帯の収入下位10%のグループと比較したこと(3)物価下落を二重に評価したこと−などの問題がある。本来ならば、来年の改定では、そうした問題を是正すべきだ。しかし、ここまでの報道を見る限り、情勢は楽観できない。
12月8日、厚労省は、社会保障審議会生活保護部会に「生活扶助基準の検証結果(案)」など三つの資料を提出した。さらに12日には、これらの資料を踏まえ、報告書案も提出された。これらの資料・報告書からは、日常生活費に関わる「生活扶助」の支給基準を、一般世帯の収入下位10%のグループの消費支出額に合わせようとする意図が読み取れる。
資料によると、例えば、「都市部の子ども二人の母子世帯」では、現行の生活扶助支給基準が月15万5250円であるのに対し、一般世帯の収入下位10%グループの消費支出は14万5710円から14万4240円程度となっている。もしも、この報告書案に従って生活保護基準を改定するならば、「都市部の子ども二人の母子世帯」では1万円近くも生活扶助基準額が切り下げられることになろう。
しかし、よく考えてほしい。日本の生活保護制度の捕捉率は2割から3割程度と言われている。つまり、本来であれば生活保護を受ける資格があるのに、生活保護を利用できていない人は、以前からかなり多い。
その上、13年の基準改定では、「最低限度の生活」が不当に低く設定された。もしも13年に適正な基準が決定されていれば、「最低限度の生活」に必要な収入を確保できていないとして、生活保護の利用資格を認められる人の範囲は、今よりも広かったはずだ。
つまり、13年時と比べても、一般世帯の収入下位10%のグループには、「最低限度の生活」ができていないのに、生活保護を利用できていない人が、より多く含まれていることになる。このグループの消費支出に、生活扶助基準を合わせれば、憲法25条1項が保障する生存権が実現できなくなってしまう。
貧困問題に取り組むNPO法人「もやい」は、この点を懸念して、「【緊急声明】生活扶助基準の引き下げを止めてください」を出し、「引き下げありきの議論であると言わざるを得ません」と指摘している。
こうした生活保護切り下げへの懸念に対しては、「不正受給があるから仕方ない」といった反論の声も聞かれる。しかし、生活保護費を切り下げたからといって、不正受給が減るわけではない。不正受給を減らしたいなら、不正の有無を十分にチェックし、生活保護受給者に適切な受給を指導できるよう、ケースワーカーの人員を増やすべきだろう。
ケースワーカーを増員すれば、現場に余裕が生まれる。支援を必要とする人の個性に合わせて、きめの細やかな支援を届けることができるようになるだろう。生活保護の捕捉率も上がるだろう。これは、一石三鳥だ。(首都大学東京教授、憲法学者