(余録)古代中国の史書・春秋左氏伝に… - 毎日新聞(2017年11月2日)

https://mainichi.jp/articles/20171102/ddm/001/070/178000c
http://archive.is/2017.11.02-001357/https://mainichi.jp/articles/20171102/ddm/001/070/178000c

古代中国の史書・春(しゅん)秋(じゅう)左氏伝(さしでん)に楚(そ)の公族が荘王を攻め、その車に矢を放つ場面がある。矢は車の轅(ながえ)を越え、太鼓の台をつき抜けて、「丁寧(ていねい)」に刺さった。はてこの丁寧とは何か。
これは王が軍の指揮に用いた銅鑼(どら)という。日本国語大辞典で丁寧の項を見ると、最初に「昔、中国の軍中で、警戒の知らせや注意のために用いられた楽器」という語釈がある。ふつうの「ていねい」の意味はその後に並べられている。
さて「丁寧」「謙虚」「真摯(しんし)」−−陣触れの銅鑼は全軍にこう布告していたはずの衆院選大勝後の自民党である。いまさら説明するのも何だが、国民にていねいに説明し、大勝にもおごらず、ひたむきに政策課題に取り組むというのだ。
驚いたのは、当初その自民党が特別国会の会期はわずか8日間で、首相の所信表明もしないと言い張った居丈高(いたけだか)である。加えて野党の質問時間の大幅削減案まで示されては、「丁寧」を鳴らした陣触れは目くらましかと疑って当然だ。
結局のところ会期は39日間、代表質問も行うとの与野党合意が成っての国会開幕である。成立した第4次安倍(あべ)内閣で再任された全閣僚には8月の就任以来初めて臨む本格的な国会質疑となる。陣触れの真意はおのずと明らかになろう。
これで憲政史上最長の政権へ続く歴史の門の前に立った首相である。手にした鍵にもおそらくは「丁寧」「謙虚」「真摯」の戒めは刻まれていよう。国会の審議を軽んじ、与野党の合意をないがしろにしては容易に開くまいその門である。