(筆洗)有権者に別の道を選ばせるほどの勇気を与えなかった - 東京新聞(2017年10月23日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017102302000263.html
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セールスマンの死』などの米劇作家アーサー・ミラーは遅筆で知られた。奇妙な習慣のせいである。朝、起きる。仕事場へ出かける。昨日までに書いた原稿を見る。破り捨てる。
時間がかかるはずである。ミラーによると破ることで心の中に何か引っ掛かるものが生まれ、それを追いかけることで自分の考えをまとめることができるのだという。
おそれいる。何にせよ、時間をかけて進んできた道を捨て「振り出し」に戻るには、よほどの覚悟と理由がいる。そんな気分で総選挙の開票速報を見つめる。与党の勝利。有権者は安倍政権の継続を選んだ。政権交代という別の道をためらった。
疑惑、強引な政治手法。問題の多い政権である。看板のアベノミクスにしても景気回復の実感は一向にない。それでもせっかくここまできた道。有権者はもう少しだけ進めばと信じ、政権継続に賭けてみたのである。
北朝鮮情勢の嵐も迫る。別の道を探している場合なのかという不安もあっただろう。政権交代の受け皿となる野党は混乱気味でその実力を見極めにくく、有権者に別の道を選ばせるほどの勇気を与えなかったのも事実である。仕方なく、政権継続を選ばざるを得なかった有権者の複雑な表情を想像する。
安倍政権は支持された。しかしよく見た方がいい。有権者が書いた「支持」という文字はどこか苦しそうで歪(ゆが)んでいまいか。