週のはじめに考える 民意を正しく映すには - 東京新聞(2017年10月22日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017102202000150.html
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衆院選はきょうが投票日。民意は選挙結果に正しく反映されるのか。安倍晋三首相による突然の解散で民主主義の根幹にかかわる問題も見えてきました。
厳粛な気持ちできょうの投票日を迎えました。十二日間の選挙戦を終えた衆院選。国政を誰に委ねるのか。棄権や浅慮の「お任せ民主主義」でなく、私たち有権者が熟慮の意思を示すことこそ、日本の政治を正しい方向に導きます。
「全国民の代表」である国会議員を選ぶことは、先人が勝ち取ってきた私たち国民の権利です。

◆公約の吟味が前提に
とはいえ、どの候補者、政党に投票するか、かつてないほど悩ましい選挙でもありました。
小池百合子東京都知事が「希望の党」を結成し、民進党前議員らが合流する一方、反発する枝野幸男官房長官らが「立憲民主党」を立ち上げました。野田佳彦前首相ら無所属での立候補もいます。
野党勢力が分散したため、安倍政権に交代を迫るには誰に投票すればいいのか分かりづらい複雑な構図となったからです。安倍政権打倒を掲げながら小池氏は立候補はせず、首相候補を明示しないことも混乱に拍車をかけました。
その責任は野党だけでなく、解散に踏み切った首相にもあります。
有権者が政権を選択するには政策や公約の吟味が前提ですが、今回は時間が十分とは言えません。特に野党にとっては、選挙準備が十分整わないうちの解散でした。
任期を一年以上残す段階で解散する以上、国民の大方が納得する「大義」が必要です。首相は「国難突破解散」と名付けますが、消費税増税分の使途変更と北朝鮮対応への政権基盤強化を理由に挙げるだけでは説得力を欠きます。
「森友」「加計」両学園をめぐる問題の追及を逃れるためと、指摘されても仕方がありません。

小選挙区制の弊害も
政権の座に長く就いている人たちは、解散は「首相の専権事項」であり、いつでも可能だと考えているのでしょう。根拠とするのは内閣の助言と承認による天皇の国事行為を定めた憲法七条です。
「七条解散」は慣例化しているとはいえ、野党の選挙準備が整わないうちの解散は、不公平であるばかりか、有権者から公約や政策を十分、吟味する時間的な余裕を奪います。突然の解散による準備不足で生煮えの公約や政策を眼前に並べられてはたまりません。
民意を正しく政治に反映するには、十分な判断材料と時間的な余裕を確保するのは当然です。
日本が長年、政治改革の手本としてきた英国では二〇一一年、下院議員の任期を五年とする「議会任期固定法」が制定されました。解散には下院の三分の二以上の賛成を必要とし、首相の恣意(しい)的な解散を封印するのが狙いです。
日本でも、内閣不信任以外では政府提出の予算案、重要法案が否決された場合や国論を二分する問題が生じたときに解散は限るべきでしょう。法律で可能かどうか、まず検討することが急務です。
民意と議席数の乖離(かいり)も深刻な問題です。例えば一四年衆院選小選挙区で、自民党は得票率48%で75%の議席を得ました。野党全体では得票率が50%近くに達しますが、議席は21%にとどまります。
野党勢力が分散した今回も、同様のことが起こり得ます。
これは一選挙区で一人しか当選できない小選挙区制の特性です。政党・政策本位、政権交代可能な二大政党制を目指して導入された制度ですが、民意が正しく反映されるとは、とても言えません。
衆院への小選挙区制導入から二十年以上。その間、政権交代が二回実現しましたが、眼前に今あるのは、国民の反対を押し切って安全保障関連法や「共謀罪」法の成立を強行する「安倍一強」の姿です。民意が極端に切り捨てられ、国会での議論が軽視された結果でもあります。
民意を正しく議席数に反映するには、比例代表を基本とした制度に改めることも一案です。今、一九九〇年代のような政治改革の機運はありませんが、逆に、民主主義の土台である選挙制度を議論する好機ではないでしょうか。

政党交付金見直しを
もう一つ、指摘せざるを得ないのは政党交付金の問題です。分裂した民進党本部から、希望の党立憲民主党、無所属で立候補した候補に資金が渡っていますが、元は八割以上が政党交付金です。
交付された政党と全く違う政策を進める政党の活動に使われるのなら、民意を反映した交付金の使い方とはとても言えない。
国会議員も身を切る必要があるというなら、三百二十億円に上る政党交付金を廃止するか、せめて減額することが先決です。国のお金に頼る政治活動が、国家権力から自由なはずがありませんから。