日本の岐路 衆院選の憲法論議 民主主義を強める方向で - 毎日新聞(2017年10月12日)

https://mainichi.jp/senkyo/articles/20171012/ddm/005/070/083000c
http://archive.is/2017.10.12-001322/https://mainichi.jp/senkyo/articles/20171012/ddm/005/070/083000c

衆院選では憲法改正が争点になっている。各党が憲法問題への立場を明確にし、具体的な改正項目を提示したからだ。
衆院解散で改憲論議に慎重だった民進党が分裂し、多くが「改憲支持」を公認条件とする希望の党に流れ込んだ。
その結果、改憲を志向する政党の分布は解散前から大きく変わった。選挙結果次第では、選挙前よりも改憲論議が活発化する可能性はある。
しかし、同じ改憲勢力でも、論点は多岐にわたり、その優先順位は各党によって異なる。
なぜその改憲が必要か。各党は国民に丁寧な説明をすべきだ。

にじむ国家主義的発想
自民党は公約で自衛隊の明記、教育無償化、緊急事態対応、参院の合区解消の4項目を具体的な改憲対象に挙げた。
安倍晋三首相のカラーが強く出ているのが自衛隊明記の憲法9条改正や、大災害時などの行政対応や議員任期延長を定める緊急事態条項だ。
小池百合子東京都知事が代表を務める希望は、憲法9条を含めた改憲を求めつつ、自民党との違いを出すために「知る権利」や情報公開、地方自治を重視している。
公明党は現状に照らして不足がある場合は条項を追加する「加憲」を提起したが、「多くの国民は自衛隊の活動を支持し、憲法違反の存在とは考えていない」と、「安倍改憲」には慎重な姿勢だ。
自民と希望はともに教育無償化を掲げるが、教育負担の軽減を重点公約に位置付ける公明党改憲による実現とは一線を画している。
とりわけ首相がこだわりを持つのは憲法9条への自衛隊の明記だ。
現行憲法は占領期に米国から押しつけられたというのが首相の持論であり、その改憲志向には国家主義的な発想がつきまとう。
首相は9条1項の戦争放棄、2項の戦力不保持と交戦権否認を残したまま、「自衛隊」を追記する考えを示している。
憲法学者の中に残る自衛隊違憲論を拭いたいと首相は言う。
しかし、共産、立憲民主、社民の3党は「憲法違反の安全保障法制を追認する改憲には反対だ」とそろって批判する。
憲法に書き込まれることで自衛隊の活動が拡大し、2項を無効化させるという疑念もある。
憲法は、主権者である国民が国家権力を制御する最も基本的なルールである。
そうであれば、憲法改正論議は、国家権力を増大させるのではなく、むしろ民主主義を強化する方向性を持つべきだ。国民の多くが議論に参加できることにもつながる。
衆参両院の役割分担や、中央と地方の関係を整理し直す統治機構改革はその一つだろう。

情報公開のあり方も
希望は公約に「1院制」の導入を明記した。参院は単に衆院の結果を追認するだけの存在ではないか、という指摘は少なくない。
他方、衆院の暴走を抑えるための安定装置として参院は必要だという考えもある。
1票の格差」是正のために導入された参院の「合区」には投票率低下などの弊害も指摘される。これは、将来の参院の役割や地方制度と切り離して論じることはできない。
地方自治も論点だ。地方自治体の組織と運営について憲法は「地方自治の本旨」に基づくとあるだけで、個別法に委ねている。地域格差や沖縄の米軍基地問題地方自治のあり方を議論する契機になる。
国民の知る権利も大事なテーマだ。南スーダン国連平和維持活動(PKO)での日報隠蔽(いんぺい)問題、学校法人「森友学園」「加計学園」での公文書のずさんな扱いから得た教訓は、情報公開の重要性だ。
改憲や護憲そのものを目的化するのではなく、時代に即して現行憲法を問い直す議論はあっていい。
ただし、憲法改正は政党からの押しつけや、政党間の数合わせだけで実現するわけではない。憲法改正がすべてに優先し、喫緊の問題を後回しにするようなら、本末転倒だ。
少子高齢化など社会が抱える課題は多い。憲法改正を含めた政策全体の優先順位をつけるのも、今回の衆院選で問われているのではないか。
首相は選挙演説で北朝鮮の脅威を強調している。目先の危機を利用して情緒的に9条改正を実現しようとする手法は慎むべきだ。