社会保障 甘言で不安は拭えぬ - 信濃毎日新聞(2017年10月9日)

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衆院選があす、公示される。
安倍晋三首相は、消費税増税分の使い道を変えることについて信を問う―を解散の理由とした。国と地方の借金の穴埋めに充てる予定だった増収分を、幼児教育の無償化などに回すという。
子育て世代の負担軽減はいいとしても、それだけで暮らしの安心は望めない。首相の言う「全世代型社会保障」は何を指すのか。
社会保障の全体像が見えないのに、税や社会保険料の改定が先に立ち、国民の負担感は高まっている。間近に迫る超高齢社会への不安感を強めてもいる。
財源確保に伴う“痛み”も含め、各党は選挙戦で構想を具体的に示してほしい。
消費税増税は2012年、当時の民主、自民、公明の3党合意で路線が敷かれた。

<3党合意がほごに>
税率を14年4月に5%から8%へ、15年10月に10%へ上げる。増収分14兆円の8割は社会保障の財源不足を補っている借金を減らすのに使い、残りで社会保障の充実を図る計画だった。
約束を破ったのは安倍首相だ。デフレ脱却が危うくなるとし、10%への引き上げを2度にわたって延期。5兆円余の増収が当てにできなくなった。
低年金で暮らす人への「年金生活者支援給付金」、高齢者の介護保険料の軽減策は先送りされ、年金受給に必要な保険料納付期間を短縮する時期もずれ込んだ。
一方で政府は、社会保障給付費の伸びを抑えるため、医療では70歳以上を対象に高額療養費の自己負担の上限額を引き上げ、75歳以上の高齢者の保険料を軽減する特例を縮小した。
介護でも、介護報酬を減額したり、40〜64歳が払う保険料を収入に応じた計算方式に切り替えたりしている。月額保険料は上がり続けており、サービス利用料の自己負担割合も増した。生活保護費は引き下げられている。
医療、介護の自己負担や社会保険料は、消費税よりも逆進性が高いと指摘される。経済的な負担感から介護サービスの利用を控えるなど、必要な人に保障が行きわたらない事態が生じている。
現役世代は、納めている税や社会保険料に見合うサービスが還元されているという実感が薄い。保育園の入所選考に落ちて「日本死ね」とつづった匿名のブログは母親たちの共感を呼び、国会でも取り上げられた。
高齢化率は今後、ますます高くなる。膨らむ社会保障費の天井が見えない不安は、生活保護受給者へのいわれなき非難となって表れてもいる。
教育費の無償化も大切な施策だけれど、財源を消費税増税分に絞って訴えるのでは、論議の幅を狭めることになる。

<財源確保の道筋は>
社会保障の財源を消費税に頼るとしたら、税率を30%にしなければ間に合わないとする識者もいる。無償化に踏み切るとしても、所得税の累進性や個人と法人の資産課税を強化するといった、税制全体の見直しが欠かせない。経済力に応じた高齢者の負担増も避けられないはずだ。
らに借金を重ね財政収支を悪化させれば、次世代に付けを回すことになり、将来の社会保障給付もおぼつかなくなる。首相が10%への増税延期を決めてから3年。政府も与党もこの間、真剣に議論を重ねてきたのだろうか。
同じことは野党にも言える。希望の党は消費税増税を凍結すると公約し、立憲民主党も「直ちに引き上げられない」とする。ならば、恒久的な財源をどう確保するのか、税制のあり方を含めて納得のいく説明を聞きたい。
負担を巡る議論を持ち掛ける前提として、社会保障制度全体の「メニュー」を示す必要がある。先に「料金」だけ取るのでは国民の理解は得られまい。
社会保障給付費は年1兆円以上増えているにもかかわらず、生活に窮している人たちの状況にあまり改善が見られない。

<改善しない生活苦>
正規雇用の割合は労働者の4割に上る。生活保護受給世帯のうち、現役世代を含む世帯が16%を占めている。所得の格差を表す相対的貧困率は他の先進国に比べ高い水準で推移し、一人親世帯で50・8%と突出している。
社会保障を支える現役世代の生活苦が見えてくる。安定した就労を促し、実質所得を上げていく取り組みが急務だ。社会人が技術や知識を学べる場、親の介護や病気などで離職した場合の公的な生活保障の拡充も要る。
社会保障制度の構築は、税制や労働政策、現場を担う地方自治と密に絡む。社会の構想力に基づいた政策体系が求められる。
聞こえのいい部分だけ主張するのでは国民の不安は拭えず、政治不信を深めることになる。